ひまわり1号:日本の初代静止気象衛星の歴史と開発

📌 主なポイント
- ✓ひまわり1号は日本初となる静止気象衛星であり、気象庁と宇宙開発事業団(NASDA)によって開発された。
- ✓1977年7月14日にケープカナベラル空軍基地からデルタ2914ロケットによって打ち上げられた。
- ✓東経140度の赤道上空の静止軌道に配置され、地球大気開発計画(GARP)に貢献した。
- ✓1981年12月にひまわり2号へ業務を引き継ぎ、1989年6月30日に運用を終了(停波)した。
ひまわり1号(GMS:Geostationary Meteorological Satellite)は、気象庁と宇宙開発事業団(NASDA、現JAXA)が共同で打ち上げた日本初の静止気象衛星である。開発および製造は日本電気(NEC)およびアメリカのヒューズ・エアクラフトが担当した。シリーズの2号機打ち上げ以降は「ひまわり1号」とも俗称される。
計画の背景と目的
宇宙空間からの気象観測を目的として計画され、世界気象機関(WMO)と国際学術連合会議(ICSU)が共同で実施する地球大気開発計画(GARP)の一翼を担った。日本国内では当初極軌道気象衛星の構想が進められていたが、1970年春頃までの国際会議における気象衛星観測網の具体化に伴い、同年度の宇宙開発計画の見直しにより静止気象衛星の研究が進められることとなった。
気象庁気象研究所は1971年度からGARPの仕様を満たす静止気象観測衛星の調査検討を開始し、アメリカのSMSやGOESを参考に概念設計および予備設計を行った。NASDAにおいても短期間での開発可能性や技術的波及効果が検討され、その実現性が確認された。
開発の経緯
1970年3月12日の気象庁庁議で「気象衛星計画」が決定され、1975年の打ち上げを目指して準備が始まった。1971年の予備調査では複数の企業から提案がなされ、最終的に日本電気と技術提携していたヒューズ社の設計に基づくスピン安定方式が採用された。1973年8月には気象庁からNASDAへ衛星開発が依頼され、同年10月に日本電気と基本設計の契約が締結された。その後、詳細設計やプロトフライトモデル(PFM)、フライトモデル(FM)の製作および総合試験が順次進められた。
打ち上げと運用
1977年7月14日19:35(日本時間)、アメリカのケープカナベラル空軍基地からデルタ2914ロケット132号機によって打ち上げられた。打ち上げから約25分後にロケットから分離され、静止トランスファ軌道に投入された。同年7月18日には東経140度の赤道上空の静止軌道に配置された。
運用開始後、デスパンアンテナ駆動時のスピン軸の微小なズレやVISSRセンサの一部のチャンネルで出力低下が発生したものの、予備系統への切り替えや地上ソフトウェアの改修によって対応が行われた。1978年4月からは気象庁気象衛星センターによる本格運用が開始された。1981年12月にひまわり2号へ観測業務を引き継ぎ、1989年6月30日に停波した。