暦法・干支
丁酉(ひのととり)について:干支の組み合わせと特徴
干支の第34番目である丁酉(ひのととり/ていゆう)についての詳細な解説。陰陽五行における性質、年・月・日の算定方法や歴史的な出来事についてまとめています。
📌 主なポイント
- ✓丁酉は干支の組み合わせの第34番目である。
- ✓十干の「丁(陰の火)」と十二支の「酉(陰の金)」の組み合わせであり、相剋(火剋金)の関係にある。
- ✓西暦年を60で割って37が余る年が丁酉の年となる。
- ✓1597年の慶長の役は、朝鮮において丁酉再乱と呼ばれる。
丁酉(ひのととり / ていかのとり / ていゆう)は、日本の伝統的な暦法である干支(かんし・えと)の組み合わせの第34番目にあたる要素です。前の干支は丙申(ひのえさる)、次の干支は戊戌(つちのえいぬ)です。
陰陽五行と性質
陰陽五行説において、十干の「丁(ひのと)」は陰の火、十二支の「酉(とり)」は陰の金をそれぞれ表します。火の性質が金の性質を剋(こく)する「相剋(火剋金)」の関係に位置づけられています。
丁酉の年
西暦年を60で割って37が余る年が丁酉の年となります。近代以降の主な丁酉の年には1957年や2017年があり、次の丁酉の年は2077年となります。
歴史的な出来事
歴史上、丁酉にあたる年には様々な出来事が記録されています。日本や周辺国における主な事例には以下のようなものがあります。
- 慶長の役(丁酉再乱):慶長2年(1597年)に起きた朝鮮出兵の後半期は、朝鮮側において丁酉再乱と呼ばれています。
- 以酊庵の由来:天文6年(1537年)生まれの僧である景轍玄蘇が対馬に開いた庵は、「丁酉」の文字を左右に組み合わせて「酊」の字に見立て、「以酊庵」と名付けられました。
丁酉の月と日
暦における月や日においても、干支の周期が巡りあてられます。西暦年の下1桁が1および6(十干が辛・丙)の年の旧暦8月や節月にあたる時期が丁酉の月に該当します。また、日単位の周期においては、選日において天一天上の5日目にあたるとされています。
よくある質問
丁酉の読み方は何ですか?
「ひのととり」のほか、「ていかのとり」「ていゆう」とも読みます。
丁酉の年は西暦でどのように計算しますか?
西暦年を60で割った余りが37になる年が丁酉の年となります。
陰陽五行説において丁酉はどのような関係ですか?
十干の丁(陰の火)と十二支の酉(陰の金)の組み合わせであり、火が金を剋する「相剋(火剋金)」の関係にあたります。
関連記事
干支十干十二支丙申戊戌慶長
参考文献
日本書紀および各種暦学資料、歴史年表に基づく。