歴史学

歴史的社会における身分制度と賤民の概念

日本、中国、朝鮮、インドなどの歴史的社会における身分制度と賤民の概念、各時代における法的・社会的位置づけについて解説します。

📌 主なポイント

  • 賤民とは、通常の民衆よりも下位に置かれた身分やその者を指す歴史的概念である。
  • 日本の奈良時代においては、律令制のもとで人民が良民と賤民に区分されていた。
  • 中国の唐代では、律令制度において良民と賤民が区別され、官賤民や私賤民などの階層が存在した。
  • 朝鮮の身分制度においては、奴婢や白丁などが賤民層として位置づけられていた。

賤民(せんみん)とは、一般の民衆よりも下位に置かれた身分、またはその身分に属する人々を指す歴史的な概念である。世界各地の農耕社会や身分制社会において、特定の職業や出自、宗教的観念などを理由として社会的な差別や法的制限を受けた人々を総称してこのように呼ぶことがある。

日本の賤民制度の変遷

日本における賤民の歴史は、古代の律令制から近世の江戸時代に至るまで、時代ごとの社会構造や思想的背景によって変容してきた。

奈良時代と律令制

奈良時代の律令制度においては、人民を大きく良民と賤民に区分した。一般の農民である良民には租・庸・調などの税や労役の義務が課されたのに対し、賤民とされた人々には原則としてそれらの義務が免除される場合があった。

中世から近世にかけての展開

中世以降、律令制が崩壊するとともに、仏教思想などを背景とした死穢観念に基づく身分区分が現れた。人間の死や動物の処理に関わる人々などが特定の身分として認識されるようになった。

江戸時代においては、士農工商の枠外あるいはその周辺に位置づけられる人々が存在した。皮革加工や非人の管理などを主な生業とした人々や、特定の職業に従事する集団が形成されたが、その実態や生業は地域や時代によって多様であった。

アジア諸国における身分・賤民制度

中国や朝鮮半島、インドなどのアジア諸国においても、それぞれの歴史的・宗教的背景に基づいた身分制度や社会的階層が存在した。

中国

中国の歴史においては、古くから奴婢や生口などの隷属民が存在した。唐代の法典である『唐律疏義』などによれば、人民は自由な良民と隷属する賤民に明確に区別されており、官に属する官賤民と個人に属する私賤民に分けられていた。これらの階層には婚姻の制限など多くの法的な不利益が課されていた。

朝鮮

朝鮮の歴史においては、僧侶、奴婢、白丁などが賤民層として位置づけられた。特に白丁は社会的な差別を受け、居住地や婚姻に関する厳しい制限が課されるなど、身分階層の中で最も下位に置かれた。

インド

インドの伝統的なカースト制度(ヴァルナおよびジャティ)の枠外には、不可触民とされる人々が存在した。ヒンドゥー教の宗教的・儀礼的な観念と結びついた社会構造の中で、特定の作業や生業に従事する人々が周辺的な位置に置かれることになった。

よくある質問

日本における賤民制度はいつから存在しますか?
日本の歴史においては、奈良時代の律令制度において既に民衆を良民と賤民に分ける制度化が見られました。
中国の唐代における賤民にはどのような種類がありましたか?
唐代の法制度では、国家に従属する官賤民(官奴婢や雑戸など)と、個人に従属する私賤民(私奴婢や部曲など)に大別されていました。
朝鮮の身分制度における白丁とはどのような存在ですか?
朝鮮の身分制度の中で賤民層の一つとされ、居住地や良民との結婚などに大きな制限を受けた階層です。

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参考文献

平凡社編『朝鮮を知る事典』平凡社、1986年。