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ギニアビサウの歴史:植民地支配から独立と民主化への歩み

ギニアビサウの歴史:植民地支配から独立と民主化への歩み

ギニアビサウの歴史は、15世紀半ばのポルトガルによる探検と領有権の主張に遡ります。長らくポルトガルの植民地として統治され、1973年に独立を宣言しました。

植民地支配の展開

1446年、ポルトガルはギニア地域の領有を主張しました。当時の同地域はマリ帝国から独立したカーブ帝国が支配していました。1630年にポルトガル領ギニア総督府が設立され、カシェウなどが奴隷貿易の拠点として発展しました。19世紀後半まで内陸部の支配は限定的でしたが、ボラマ島を巡るイギリスとの紛争を経て、ポルトガルは徐々に支配を拡大しました。1941年には植民地の首府がボラマからビサウへ移転し、1952年には海外州へと改称されました。

\"1625年頃の西アフリカ地図\"
1625年頃の西アフリカ。

独立闘争と国家の誕生

1956年、アミルカル・カブラルらがギニア・カーボベルデ独立アフリカ党(PAIGC)を結成し、1961年から武装闘争を開始しました。PAIGCは勢力を拡大し、1968年までに国土の大半を支配下に置きました。1973年9月24日、ボエにて独立が宣言され、国連総会でも承認されました。翌1974年のカーネーション革命を経て、ポルトガルは正式に独立を承認しました。

\"1970年時点のポルトガル領アフリカ植民地\"
1970年時点のポルトガル領アフリカ植民地。

独立後の政治的変遷

独立後、ルイス・カブラルが初代大統領に就任しましたが、1980年のクーデターによりジョアン・ベルナルド・ヴィエイラが権力を掌握しました。1994年には複数政党制による総選挙が実施されましたが、その後も軍事反乱や内戦が繰り返されるなど、政情は不安定な時期が続きました。

参考文献

  1. “Background Note: Guinea-Bissau” (英語). United States Department of State (2012年3月22日). 2012年7月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年12月31日閲覧。
  2. “Empire of Kaabu, West Africa” (英語). 2018年12月31日閲覧。
  3. アミルカル・カブラル/白石顕二、正木爽、岸和田仁訳「ギニア・ビサウの現実と闘争」『アフリカ革命と文化』亜紀書房、1980年10月。p. 19.
  4. United Nations General Assembly Session -1 Resolution 3061. Illegal occupation by Portuguese military forces of certain sectors of the Republic of Guinea-Bissau and acts of aggression committed by them against the people of the Republic A/RES/3061(XXVIII) 2 November 1973. Retrieved 2008-07-01.
  5. “A GUIDE TO THE UNITED STATES' HISTORY OF RECOGNITION, DIPLOMATIC, AND CONSULAR RELATIONS, BY COUNTRY, SINCE 1776: GUINEA-BISSAU” (英語). Office of the Historian(英語版). United States Department of State. 2016年2月14日閲覧。
  6. “ギニアビサウ共和国基礎データ” (2018年5月25日). 2018年12月31日閲覧。
  7. “Army man wins G Bissau election” (英語). BBC News. 2005年7月28日.