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農商務省および農商省の歴史と変遷

農商務省および農商省の歴史と変遷
明治・大正期に産業行政を担った農商務省と、第二次世界大戦中に設置された農商省の歴史、組織、および変遷について解説します。

📌 主なポイント

  • 農商務省は1881年に設置され、1925年に農林省と商工省へ分割された。
  • 1885年の工部省廃止に伴い、鉱山事務が農商務省に移管された。
  • 1943年に設置された農商省は、第二次世界大戦中の戦時体制下における組織であり、1945年に廃止された。

農商務省(のうしょうむしょう)は、明治・大正期に日本の産業行政を統括した中央官庁です。1881年(明治14年)に設置され、農業、林業、水産業、商工業といった幅広い分野を所管しました。また、第二次世界大戦中には、戦時体制下で農商省(のうしょうしょう)が設置されました。

農商務省の設立と展開

1881年4月7日、太政官布告第21号に基づき、内務省の駅逓局、山林局、勧農局、博物局と、大蔵省の商務局を統合して農商務省が発足しました。当初は農商務卿を長としましたが、1885年の内閣制度創設に伴い、農商務大臣が設置されました。

1891年当時の農商務省庁舎
1891年当時の農商務省庁舎(設計:新家孝正)

1885年12月22日、工部省の廃止に伴い、鉱山事務および工作事務が農商務省へ移管されました。一方で、駅逓事務や管船事務は新設された逓信省へ移管されるなど、組織の再編が繰り返されました。また、産業近代化の一環として、1897年には軍馬改良のためにフランスの種牡馬法規を翻訳・研究し、1903年には全国の工場労働者の実態調査報告書である『職工事情』を刊行するなど、多岐にわたる調査・研究活動を行いました。

1903年に導入されたラ・フランス
1903年に農商務省農事試験場園芸試験地へ導入されたラ・フランス

農商務省の分割

1925年(大正14年)4月1日、農商務省は廃止され、農林省と商工省に分割されました。この分割の背景には、大正期の米価高騰に伴う外国産米輸入措置に対する農業関係者からの強い反発があり、農業行政の独立を求める声が数年にわたって建議されていたという経緯があります。

戦時下の農商省

第二次世界大戦中の1943年(昭和18年)11月1日、商工省の主要部門が軍需省へ移管されたことに伴い、商工省の残存部門と農林省を統合して「農商省」が設置されました。この組織は終戦後の1945年8月26日に廃止され、再び農林省と商工省へと分離・復活しました。

よくある質問

農商務省と農商省の違いは何ですか?
農商務省は明治・大正期に存在した産業行政官庁であり、1925年に農林省と商工省に分割されました。一方、農商省は第二次世界大戦中の1943年から1945年まで存在した、戦時体制下の統合組織です。
農商務省が分割された主な理由は何ですか?
大正期の米価高騰に伴う外国産米輸入措置に対し、農業関係者から農業行政の独立を求める建議が繰り返されたことが主な要因です。

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参考文献

  • 日本大百科全書『農商務省』 - コトバンク
  • 国立公文書館デジタルアーカイブ『農商務省ヲ置キ職制章程ヲ定メ内務大蔵両省中諸局ノ管理ヲ改ム・二条』(1881年4月7日)
  • 内閣『太政官達第七十号』(1885年12月22日)
  • 『仏国種牡馬法規』(1897年)
  • 平尾道雄『子爵谷干城傳』冨山房(1935年)
  • 香川悦次ほか編『大浦兼武傳』(1921年)