歴史学

日本における東洋史学の展開と学問的特徴

日本における東洋史学の成立過程や、中国史を中心とした東アジア史から広がる学問的特徴、オリエンタリズム批判以降の動向について解説します。

📌 主なポイント

  • 日本における東洋史は、明治期の近代高等教育機関の設置に伴い国史・西洋史と並ぶ三部門の一つとして成立した。
  • 歴史的な経緯から、中国史を中心とする東アジア史と、ヨーロッパ的枠組みによる非西洋地域の歴史が複合した分野となっている。
  • 東京大学や京都大学、東洋文庫などが中心となり、世界的な規模の東洋学関連資料の収蔵や研究が進められてきた。
  • サイードのオリエンタリズム論以降、個別の地域史や概念的地域史の枠組みへの移行が進む一方で、複合的な視野を持つ研究体制が培われた。

東洋史(とうようし)とは、東洋の歴史を対象とする学問領域であり、日本の歴史学および歴史教育においては、自国史(国史)および西洋史と並ぶ主要な三領域の一つとして位置づけられてきた。

日本の東洋史学の成立

日本における東洋史の概念は明治期に近代的な高等教育機関が整備される過程で成立した。徳川時代までは主に漢学の枠組みの中で中国や朝鮮など東北アジアの歴史研究が行われていたが、帝国大学をはじめとする近代大学制度に包含されるに伴い、「東洋史」という独立した部門に再編された。

この成立背景により、日本における東洋史は、ヨーロッパ的な意味合いを持つ広範な非西洋地域の歴史と、従来の日本の伝統に基づく中国史を中心とした東アジア史が複合した独自の性格を持つことになった。

研究の動向と主要な研究機関・人物

日本では圧倒的な蓄積を持つ中国史研究を軸としながらも、次第に西アジアや中央アジア、北アフリカへと視野を広げる研究者が現れた。20世紀には那珂通世、内藤湖南、白鳥庫吉、桑原隲蔵、羽田亨、宮崎市定といった著名な研究者が輩出された。また、東京大学東洋文化研究所や京都大学人文科学研究所、東洋文庫などが研究の中心的な役割を果たしてきた。

学問的枠組みの変遷と評価

エドワード・サイードによる『オリエンタリズム』の発表以降、「東洋」という一括りの枠組みに対する批判的検討がなされるようになった。これにより、従来の東洋史は東アジア史、中央アジア史、西アジア史といった個別的・概念的な地域史の枠組みへと細分化・移行する傾向にある。

一方で、中国史の訓練を受けつつ周辺地域にも目を向けた前嶋信次、護雅夫、加藤九祚らの業績に見られるように、日本の東洋史という広い枠組みは研究者に総合的な視野を与え、多言語史料を横断的に扱う高度な研究水準の形成に寄与したと評価されている。

よくある質問

日本における東洋史学はいつ頃成立しましたか?
明治期にヨーロッパにならった高等教育機関や近代大学制度が整備される過程で成立しました。
東洋史学では主にどのような地域を扱いますか?
現在の日本の慣例では、おおむねヨーロッパ地域を除くマグリブから極東アジアにかけての北アフリカ、ユーラシア大陸および周辺諸島の歴史を扱います。
日本の東洋史学において中心となってきた研究機関にはどのようなものがありますか?
東京大学東洋文化研究所や京都大学人文科学研究所、財団法人東洋文庫などが研究の軸となってきました。

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参考文献

岡田英弘『世界史の誕生』筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉、1999年。
吉澤誠一郎編『論点・東洋史学』ミネルヴァ書房、2021年。