アジア史

パキスタン共和国の歩みと近代史

パキスタン共和国の歩みと近代史
1947年のイギリスからの独立から始まるパキスタンの歴史。インドとの対立、軍政への移行、バングラデシュの分離独立、そして国家のイスラーム化までの道のりを解説します。

📌 主なポイント

  • ✓パキスタンは1947年8月14日にイギリスから独立した。
  • ✓カシミール地方の帰属を巡り、インドとの間で複数回の戦争が発生した。
  • ✓1971年のバングラデシュ独立戦争により、東パキスタンがバングラデシュとして分離独立した。
  • ✓1998年にインドおよびパキスタンが相次いで核実験を実施した。

パキスタンの歴史は、インダス文明の古くからの遺産にその源流を持ちながら、1947年のイギリスからの独立とインドからの分離を経て現代国家として形成されました。ムスリムが多数を占める地域を中心に成立した国家は、地政学的要因やインドとの複雑な関係性の中で変遷を遂げてきました。

独立と第一次インド・パキスタン戦争

1947年8月14日、パキスタンはイギリスより独立を果たしました。国家はムスリム多住の地域を中心に構成され、現在のパキスタン領土に加え、ベンガル地方の一部も含んでいました。当初はイギリス国王を元首に戴く英連邦王国でした。

インド・パキスタン分離独立の様子を示す図版
インド・パキスタン分離独立

独立後まもなく、カシミール地方の帰属を巡って第一次インド・パキスタン戦争が勃発しました。この紛争は国連の仲介により停戦へと至りましたが、両国の対立の火種を残すことになりました。

軍政への移行と外交関係の変化

建国の父であるムハンマド・アリー・ジンナー総督の死去やリヤーカト・アリー・ハーン首相の暗殺を経て、政局は不安定化しました。インドに対抗するため、パキスタンはアメリカ合衆国などの西側諸国と防衛協定を結び、冷戦構造の中で国家戦略を進めました。1956年にはパキスタン・イスラーム共和国憲法が制定され、イギリス王冠から独立した共和国となりましたが、1958年には軍事クーデタが発生し、アユーブ・ハーンによる独裁政権が樹立されました。1965年には第二次インド・パキスタン戦争が起きています。

バングラデシュの分離独立

1970年、東パキスタンを大規模なサイクロンが襲い、甚大な被害が発生しました。西パキスタン側の救助活動の遅れから不信感が爆発し、選挙で大勝したアワミ連盟の結果を政府が認めなかったことで内戦へと発展しました。インドの軍事介入も加わった第3次印パ戦争の結果、東パキスタンはバングラデシュとして分離独立を果たしました。

国家のイスラーム化と核開発

第3次印パ戦争後の民政移行を経て、1977年にジアウル・ハック陸軍参謀長が軍事クーデタで政権を掌握しました。冷戦下のアフガニスタン紛争においてアメリカから支援を受ける一方、国内では政治および司法のイスラーム化が進められました。1990年代以降、インドとの核開発競争が激化し、双方が核実験を実施するに至りました。

ベーナズィール・ブットーの肖像写真
ベーナズィール・ブットー

2001年の同時多発テロ以降は、アメリカのアフガニスタン侵攻に対する対応を迫られるなど、パキスタンは安全保障と内政の両面で困難な課題に直面し続けています。

よくある質問

パキスタンはいつ独立しましたか?
1947年8月14日にイギリスから独立を果たしました。
バングラデシュはどのようにして独立しましたか?
1970年のサイクロン災害後の対応を巡る不満や選挙結果の対立から内戦状態となり、第3次インド・パキスタン戦争を経て1971年に東パキスタンがバングラデシュとして独立しました。
パキスタンが核実験を行ったのはいつですか?
1998年にインドが核実験を実施したことに対抗し、パキスタンも同年に核実験を行いました。

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参考文献

近藤治 『現代南アジア研究-インド・パキスタン関係の原形と展開-』 世界思想社、1998年。
辛島昇編 『世界各国史7 南アジア史』 山川出版社、2004年。
辛島昇・前田専学ほか監修 『南アジアを知る事典』 平凡社、2002年。