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サントメ・プリンシペの歴史概説

サントメ・プリンシペの歴史概説

サントメ・プリンシペ民主共和国は、ギニア湾に位置するサントメ島とプリンシペ島の二島からなる国家です。15世紀まで無人島であった両島は、ポルトガルの植民地化を経て、大西洋における奴隷貿易の中継地および商品作物の生産拠点として歴史を歩んできました。

\"ギニア湾の地図\"
ギニア湾の地図。サントメ島とプリンシペ島はアフリカ大陸から離れた海域に位置する。

ポルトガルによる植民地化

1469年、ポルトガル人が無人島であった両島に到達しました。1490年代末、アルヴァロ・デ・カミニャらがサントメ島に入植を開始し、その後プリンシペ島でも入植が進められました。島々の火山灰質の土壌がサトウキビ栽培に適していたことから、アフリカ大陸から連行された人々が労働力として導入されました。

\"1665年のサントメ島地図\"
1665年に描かれたサントメ島の地図。

16世紀、サントメ島は世界有数の砂糖生産地として繁栄しました。しかし、ブラジルとの生産競争や海賊の襲撃、奴隷反乱などが重なり、17世紀には急速に衰退しました。その後、19世紀に入るとコーヒーやカカオの栽培が導入され、プランテーション経済が再興しました。

\"1727年のプリンシペ島図\"
1727年に描かれたプリンシペ島の図。

独立への歩み

19世紀後半に奴隷制度が公式に廃止された後も、実質的な強制労働である「奉公人制」が導入され、過酷な労働環境が続きました。1953年の「バテーパの虐殺」を経て独立運動が激化し、1974年のカーネーション革命を契機にポルトガルが植民地放棄を決定しました。1975年7月12日、サントメ・プリンシペは独立を達成しました。

\"植民地時代の要塞\"

参考文献