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ドミニカ共和国の歴史概説

📌 主なポイント
- ✓1496年にサント・ドミンゴが建設され、新大陸初のスペイン植民地となった。
- ✓1844年2月27日にハイチから独立し、ドミニカ共和国が成立した。
- ✓1930年から1961年までラファエル・トルヒーヨによる独裁体制が続いた。
ドミニカ共和国の歴史は、イスパニョーラ島東部を舞台に、先住民の時代から欧州列強の植民地支配、ハイチによる占領、そして独立後の激動の政治変遷を経て形成されました。
先コロンブス期とスペイン植民地時代
紀元前より先住民タイノ人が居住し、島をアイティやキスケージャと呼んでいました。1492年、クリストーバル・コロンが上陸し、1496年には弟バルトロメによってサント・ドミンゴが建設されました。これは新大陸におけるスペイン初の植民地となりました。先住民は過酷な労働と疫病により激減し、労働力としてアフリカから黒人奴隷が導入されました。1697年のライスワイク平和条約により、島はフランス領サン=ドマングとスペイン領サント・ドミンゴに分割されました。

ハイチ占領と独立の模索
18世紀末から19世紀初頭にかけて、島はフランス領となったのち、ハイチ革命の影響でハイチの一部となりました。1844年、フアン・パブロ・ドゥアルテらによる革命軍がハイチ支配を排除し、ドミニカ共和国として独立しました。その後、スペインへの再併合と独立戦争を経て、1865年に主権を回復しました。
アメリカ軍政とトルヒーヨ独裁
19世紀末の混乱と債務問題を受け、1916年から1924年までアメリカ軍が占領を行いました。1930年に権力を掌握したラファエル・トルヒーヨは、30年以上にわたる強固な独裁体制を築きました。1937年にはハイチ人労働者の大量虐殺(パセリの虐殺)を指示するなど、恐怖政治を敷きましたが、1961年に暗殺されました。



ドミニカ内戦と現代
1963年にフアン・ボッシュが大統領に就任しましたが、軍事クーデターにより追放されました。1965年の内戦では、立憲派と軍事評議会が衝突し、アメリカ軍が介入しました。内戦終結後、ホアキン・バラゲールが長期政権を担い、その後は民主的な選挙による政権交代が行われるようになりました。

よくある質問
ドミニカ共和国はいつ独立しましたか?
1844年2月27日にハイチからの独立を宣言しました。
参考文献
- 後藤政子『新現代のラテンアメリカ』 時事通信社 pp.77-81