日本の歴史

東京府の歴史と変遷

東京府の歴史と変遷
1868年から1943年まで存在した日本の行政区画「東京府」の歴史、設置の経緯、地域再編、そして東京都への移行について解説します。

📌 主なポイント

  • 1868年に江戸府として設置され、直後に東京府へ改称された。
  • 1893年に神奈川県から多摩地域が編入され、現在の東京都の境域が確定した。
  • 1943年7月1日に東京都制が施行され、東京府と東京市が統合されて東京都となった。

東京府(とうきょうふ)は、1868年(明治元年)から1943年(昭和18年)まで存在した日本の行政区画です。江戸幕府の本拠地であった江戸を継承し、近代日本の首都として政治・経済の中心地となりました。

設置と初期の経緯

1868年(慶応4年)7月1日(旧暦5月12日)、新政府は江戸に「江戸府」を設置しました。しかし、当時の江戸は混乱期にあり、実質的な行政機能は直後に設置された「江戸鎮台」が担いました。同年9月3日(旧暦7月17日)、「江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書」が発布され、江戸府は「東京府」へと改称されました。その後、鎮将府の廃止を経て、東京府が本格的な行政機関として機能するようになりました。

廃藩置県と地域再編

1871年(明治4年)の廃藩置県により、東京府は京都府、大阪府とともに「三府」の一つとして位置づけられました。同年12月には、周辺の品川県や小菅県などが廃止・編入され、現在の東京23区に相当する範囲が概ね確定しました。その後、1878年(明治11年)には伊豆諸島が静岡県から移管され、1893年(明治26年)には神奈川県から多摩地域が編入されたことで、現在の東京都の境域がほぼ完成しました。

東京都制の施行と終焉

1943年(昭和18年)、戦時体制下における統制強化を目的として「東京都制」が施行されました。これにより、東京府と東京市が廃止・統合され、現在の「東京都」が設置されました。この再編により、府庁と市役所が並立していた二重行政が解消されることとなりました。

府庁舎の変遷

東京府庁は、開庁時には江戸城幸橋門内の大和郡山藩上屋敷を接収して使用していました。その後、1894年(明治27年)に麹町区有楽町に新庁舎が完成し移転しました。この建物は、東京都制施行後も東京都庁丸の内庁舎として使用されましたが、戦災により焼失しました。

よくある質問

東京府はいつまで存在しましたか?
1868年から1943年7月1日まで存在しました。
なぜ多摩地域は神奈川県から東京府へ移管されたのですか?
玉川上水の水利権管理および奥多摩地域の水源確保が主な理由とされています。
東京府と東京市はどのように統合されましたか?
1943年の東京都制施行により、府と市が廃止・統合され、東京都が設置されました。

関連記事

江戸東京都廃藩置県明治維新

参考文献

  • 国立国会図書館『法令全書』明治元年・明治2年
  • 東京都公文書館『東京府組織の変遷』
  • 東京都公文書館『東京都職制沿革』
  • 『東京市史稿』市街編