地理・河川

長崎県の本明川:流域と歴史、河川改修の歩み

長崎県の本明川:流域と歴史、河川改修の歩み
長崎県を流れる一級河川「本明川」の地理、歴史的な水害、流域の産業、および国営事業による水系変更について詳しく解説します。

📌 主なポイント

  • 長崎県内において唯一の一級河川である。
  • 水源は多良山系の南に位置する五家原岳南西麓である。
  • 2008年4月に諫早湾干拓調整池およびその流入河川が本明川水系に編入された。

本明川(ほんみょうがわ)は、長崎県の多良山系南斜面から諫早市街中心部を流れ、諫早湾(有明海)へ注ぐ河川であり、長崎県内において唯一の一級河川である。

本明川の景観
本明川の景観

地理と流域の特徴

多良山系の南に位置する五家原岳(標高1,058m)の南西麓を水源とする。上流部は山麓に深い谷を刻みながら急斜面を南西へ流れ下り、やがて南へ向きを変えて斜面が緩やかになると、富川や湯野尾川、目代川などの支流が合流する。諫早市街地では東へ向きを変えて市街地中心部を緩やかに流れ、河口近くの干拓地では福田川や半造川、長田川などが合流して諫早湾干拓調整池に注いでいる。

本明川流域の地図
本明川流域の地図
流域周辺の詳細地図
流域周辺の詳細地図
本明川のシンボルマーク
本明川のシンボルマーク
本明川の飛び石
本明川の飛び石

名称の変遷

かつては「大川」(うーかわ)と称されていたが、享和3年(1803年)ごろから「本明川」と呼ばれるようになった。ただし、現在の名称の由来については明確な記録は残されていない。

歴史的洪水と河川改修

中・下流域は流れが緩やかになる一方で、多くの支流が狭い地域に集まるため排水不良になりやすい地形特性を持つ。江戸時代の寛永年間以降、たびたび洪水の記録が残っており、元禄12年(1699年)の元禄水害では多数の死者を出した。これにより当時の集落が現在地へ移転する契機となった。

昭和32年(1957年)7月25日の「諫早豪雨」でも甚大な被害が発生し、これを契機として川幅の拡張や橋の桁上げ、眼鏡橋の移設など大規模な河川改修が実施された。

かつて本明川に架かっていた諫早眼鏡橋
かつて本明川に架かっていた諫早眼鏡橋。現在は諫早市高城町の諫早公園内に移設されている。

水系の変更と近年の状況

平成元年(1989年)からの国営諫早湾干拓事業に伴い、平成20年(2008年)4月25日より諫早湾干拓調整池と周辺の流入河川が「本明川水系」に組み込まれた。これにより流路延長および流域面積が大幅に拡大されている。

よくある質問

本明川はどこを流れる川ですか?
長崎県の多良山系南斜面から発し、諫早市街中心部を経て諫早湾へ注ぐ河川です。
本明川の名称の由来は何ですか?
かつては「大川」と呼ばれていましたが、享和3年(1803年)ごろから「本明川」と呼ばれるようになったものの、名称の明確な由来は残されていません。
本明川が水系として変更されたのはいつですか?
国営諫早湾干拓事業に関連して、2008年4月25日に干拓調整池および流入河川が本明川水系に編入されました。

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参考文献

国土交通省 九州地方整備局 長崎河川国道事務所 - 本明川の情報, 一級河川本明川の河川指定等について(国交省長崎河川国道事務所)