日本の元号
宝暦 (元号)
宝暦は、日本の江戸時代中期にあたる1751年から1764年までの元号です。桃園天皇および後桜町天皇の治世下で用いられました。
📌 主なポイント
- ✓宝暦は1751年から1764年まで使用された日本の元号である。
- ✓出典は『貞観政要』の一節である。
- ✓宝暦年間には宝暦治水事件や宝暦事件などの重要な歴史的出来事が発生した。
宝暦(ほうりゃく、旧字体:寶曆)は、日本の元号の一つ。寛延の後、明和の前にあたり、1751年から1764年までの期間を指す。この時代の天皇は桃園天皇および後桜町天皇であり、江戸幕府の将軍は徳川家重、次いで徳川家治が務めた。
改元
寛延4年10月27日(グレゴリオ暦1751年12月14日)に改元が行われた。公式には桜町上皇の崩御や徳川吉宗の薨去を理由としているが、当時の朝幕関係の研究においては、地震などの災害に伴う災異改元の側面も指摘されている。宝暦14年6月2日(グレゴリオ暦1764年6月30日)に明和へ改元された。
出典
元号の出典は、『貞観政要』にある「及恭承宝暦、寅奉帝図、垂拱無為、氛埃靖息」の一節から採られた。
宝暦年間の主な出来事
宝暦年間には、治水事業や一揆、学問・文化に関する出来事が記録されている。
- 宝暦3年:籾摺騒動が発生。
- 宝暦4年 - 5年:木曽三川分流工事(宝暦治水事件)が実施される。
- 宝暦4年 - 9年:郡上一揆が発生。
- 宝暦5年:宝暦暦が発布される。
- 宝暦8年:宝暦事件が発生。
- 宝暦11年:上田騒動が発生。
また、この時期の土佐藩では、下級武士に対する日傘の使用制限や、絹製品の着用禁止といった風俗統制が行われていたことが記録されている。
宝暦年間の主な人物
誕生
- 宝暦元年:徳川治済
- 宝暦8年:松平定信
- 宝暦9年:田沼意正
- 宝暦12年:水野忠成
死去
- 宝暦元年:大岡忠相
- 宝暦2年:月光院
- 宝暦6年:海北若冲
- 宝暦9年:服部南郭
- 宝暦11年:徳川家重
よくある質問
宝暦の期間はいつからいつまでですか?
1751年から1764年までの期間です。
宝暦の元号の由来は何ですか?
『貞観政要』の「及恭承宝暦、寅奉帝図、垂拱無為、氛埃靖息」という一節から採られました。
宝暦年間に起きた主な治水工事は何ですか?
木曽三川分流工事(宝暦治水事件)が宝暦4年から5年にかけて行われました。
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参考文献
- 久保貴子『近世の朝廷運営-朝幕関係の展開-』岩田書院、1998年、254-256, 274-275頁。
- 武市佐市郎『武市佐市郎集 第5巻 風俗事物編』高知市民図書館、1995年、16-17, 24, 27頁。