氷雪藻:極限環境に適応する雪上・氷上の微細藻類

📌 主なポイント
- ✓氷雪藻は高山帯や極圏の雪や氷上に生育する低温耐性を持つ微細藻類である。
- ✓藻類が蓄積するアスタキサンチンなどの色素により、雪が赤や緑などに彩られる「彩雪現象」を引き起こす。
- ✓アスタキサンチンには雪上での強い紫外線や光によるDNA損傷を防ぐ働きがある。
氷雪藻(ひょうせつそう、または雪上藻、snow algae)とは、高山帯や極圏の夏季において、雪や氷上に生育する低温耐性を持つ微細藻類の総称である。可視的なまでに広がった氷雪藻のコロニーは、藻類が保有する色素の種類によって雪を赤、緑、黄色など様々な色に彩る。こうした現象は「彩雪」や「雪の華」などと呼ばれ、特に赤く色づくものは「赤雪」や「紅雪」、英語圏ではスイカのような微香を放つことから「ウォーターメロン・スノウ(watermelon snow)」と称される。低温環境における極限環境微生物として、氷河や雪氷圏を取り巻く生態系の理解に重要な研究対象となっている。
歴史的記録
赤雪に関する最古の記録は、古代ギリシアのアリストテレスによる『動物誌』にみられる。当時は生物が自然発生すると考えられていたため、古くなった赤い雪から蛆が発生すると記述されていた。ヨーロッパでは中世以降、アルプス山脈における赤雪の事例がたびたび記録され、鉱物の酸化物や隕鉄の付着に由来するものと憶測されることもあった。1818年には、イギリスのジョン・ロス探検隊がグリーンランド島北西岸から赤い雪を持ち帰り分析を行っている。日本においても、『続日本紀』の天平14年(742年)の条に、陸奥国で平地に赤雪が降ったことが記録されている。彩雪現象が藻類の大発生に起因することが明らかになったのは、光学顕微鏡が発達した19世紀末以降のことである。
構成生物と分類
氷雪藻として確認されている藻類はいくつかの分類群にまたがる。代表的なものとしては、緑色植物門ボルボックス目に属するクラミドモナス属(Chlamydomonas)やクロロモナス属(Chloromonas)の緑藻類が挙げられる。特にクラミドモナス・ニヴァリス(Chlamydomonas nivalis)がよく知られている。また、車軸藻類や接合藻、黄金色藻のオクロモナス属なども彩雪をもたらすことが報告されている。
これらの緑色植物は、環境条件や紫外線などに対応するため、細胞内に特定のカロテノイド色素であるアスタキサンチンを蓄積する。これにより、緑藻でありながら鮮やかな赤色を呈したコロニーを形成する。アスタキサンチンは、雪氷上の強い光や紫外線によるDNA損傷を防ぐ保護機能を有している。国内および国際的な遺伝子解析研究により、多くの種は北極または南極のいずれかに偏って分布する一方、一部の系統は両極で共通して検出され、現在も分散・交流している可能性が指摘されている。
生態と環境適応
氷雪藻は完全に凍結した状態のみでは増殖できず、夏季の雪解けや適度な降雨に伴う液体の水の存在が必要不可欠である。アスタキサンチンの蓄積は、強光や栄養塩の不足といった環境ストレスによって引き起こされる。蓄積された色素が太陽光線を吸収することで周囲の雪をわずかに溶かし、自身の増殖に必要な液体の水を創出する作用があるとされている。こうした熱吸収と増殖のプロセスにより、「サンカップ(sun cups)」と呼ばれる雪面の窪みが形成されることもある。増殖した氷雪藻は、繊毛虫、ワムシ、線虫、コオリミミズ、トビムシなどのさまざまな小動物に捕食される。
出現地域
氷雪藻は、グリーンランド、南極、アラスカ、北アメリカ西岸・東岸の山岳地帯、ヒマラヤ山脈、ヨーロッパのアルプス・スカンディナヴィア・カルパティア山脈、パタゴニア、サウス・オークニー諸島など、世界各地の寒冷地や高山帯で報告されている。日本では中部地方以北の山岳地帯のほか、石鎚山や大山などでも発生が知られている。