物理化学

氷IV:高圧力下で生成する準安定な氷の結晶多形

氷IV:高圧力下で生成する準安定な氷の結晶多形
高圧力下で生成する準安定な氷の結晶多形である氷IV(アイス・フォー)の結晶構造、結晶化プロセス、融点、および高密度アモルファス氷との関連性について解説します。

📌 主なポイント

  • 氷IVは、高圧力下で生成する熱力学的に準安定な氷の結晶多形である。
  • 液体からの直接結晶化が極めて困難なため、フィリップ・ボールにより「鬼火」と称された。
  • 2002年に高密度アモルファス氷(HDA)からの選択的かつ再現性の高い結晶化法が確立された。
  • 結晶構造は空間群R-3cに属し、水素が無秩序化した構造を基本とする。

氷IV(こおりよん、ice IV)は、高圧力下で生じる氷の結晶多形のひとつであり、熱力学的に準安定相として振る舞う物質である。

その存在自体は1910年にグスタフ・タンマンによって言及されていたが、1935年にパーシー・ブリッジマンが重水(D2O)の融点測定から明確にその存在を見出した。液体から結晶化させることが非常に困難であるため、フィリップ・ボール(Philip Ball)からは「鬼火(will-o'-the-wisp)」というニックネームで形容された歴史を持つ。

結晶化の手法と経路

氷IVを結晶化させる試みとしては、L. F. エヴァンス(L. F. Evans)が無水テトラクロロフタル酸をはじめとするいくつかの有機物の水溶液を用いることが有効であると報告した。その後、エンゲルハルトらによる研究でもこの手法が採用された。

1972年、西畑は-13.6°Cから-14.6°Cという限られた温度範囲において氷VIを脱圧すると、氷VIの準安定融解曲線上において氷IVが得られることを報告している。さらに1998年には、ロバン(Lobban)が博士論文の中で0.58 GPa、260 K付近において氷IVが生じることを中性子回折により確認した。また、チョウ(Chou)らによるダイヤモンドアンビルセルを用いた実験では、液体、氷Ih、氷IVの三重点付近において氷IVが氷Ihとともに析出することが示されている。

2002年になると、クリストフ・ザルツマン(Christoph G. Salzmann)らは、これらとは異なる手法として、高密度アモルファス氷(HDA)を0.81 GPaにおいて0.4 K/minという遅い昇温速度で加熱することで、氷IVが選択的に結晶化することを発見した。この手法は再現性よく純粋な氷IVを得られる点で従来の作製方法とは大きく異なっている。

結晶構造と物理的性質

氷IVの結晶構造は、1981年にヘルマン・エンゲルハルト(Hermann Engelhardt)とバークレイ・カム(Barclay Kamb)によって報告された。空間群はR-3c(三方晶系、格子系は菱面体晶系)であり、常圧・110 Kにおける格子定数は a = b = c = 7.60 Å、α = β = γ = 70.1°である。

結晶内部は六員環の中心を水素結合が貫通する構造を持つが、氷VIIのように独立した水素結合ネットワークが相互に貫入しているわけではない。中性子回折を用いた構造解析では、基本的には水素が無秩序化した構造であることが結論づけられている。

融点と相平衡

準安定相である氷IVの融点は、すべての圧力範囲において安定相の融点よりも低い。ブリッジマンやエンゲルハルト、ホーリー、チョウらによって融解曲線が調査されている。

1998年には三島修とユージン・スタンレーが、エマルション化した水を用いて等温脱圧過程における温度変化から融点測定を行い、0.1 GPa、215 K付近での融解曲線の折れ曲がりを観測した。彼らはこれを過冷却領域における低密度水と高密度水の存在に関する間接的な証拠として議論している。

高密度アモルファス氷との関連性

氷Ihを液体窒素温度で1.6 GPa付近まで加圧することで得られる高密度アモルファス氷(HDA)は、分子動力学計算などから氷IVに類似した水素結合様式を持つ微小なドメインを含んでいることが示唆されている。また、シェパード(Jacob J. Shephard)らは、HDAを「氷Iから氷IVへの道すじの途中で脱線した(“derailed”)状態」と表現し、結晶-結晶転移を起こせないまま非晶質状態が維持される仕組みを説明している。

水素の秩序化に関する研究

ザルツマンらは2011年の論文で、塩化水素(HCl)をドープした氷IVの示差走査熱量測定(DSC)において、120 K付近にわずかな吸熱反応が存在することを報告した。2021年および2023年の研究では、重水素化された系(DClドープ)を用いた中性子回折により、120 K付近で格子定数の温度依存性に折れ曲がりが見られることが確認され、低温でわずかに水素が秩序化した空間群R3cの構造モデルが提案されている。

よくある質問

氷IVとはどのような物質ですか?
高圧力下で生成する氷の結晶多形のひとつであり、熱力学的には準安定相として存在します。液体からの結晶化が難しいため、物理化学の分野で研究対象となってきました。
氷IVはどのようにして作製されますか?
従来は有機物水溶液を用いた選択的核形成や氷VIの脱圧によって得られていましたが、2002年に高密度アモルファス氷(HDA)を適切な圧力下でゆっくり昇温させることで再現性よく作製できることが発見されました。
氷IVの結晶構造にはどのような特徴がありますか?
空間群R-3c(三方晶系)の結晶構造を持ち、六員環の中心を水素結合が貫通する配置をとりますが、構造内の水素は基本的に無秩序な状態にあります。

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結晶多形高圧力物理学非晶質氷相図

参考文献

  • Bridgman, P. W. (1935). The Journal of Chemical Physics, 3(10), 597–605.
  • Engelhardt, H., & Kamb, B. (1981). The Journal of Chemical Physics, 75(12), 5887–5899.
  • Salzmann, C. G., et al. (2002). The Journal of Physical Chemistry B, 106(22), 5587–5590.
  • Mishima, O., & Stanley, H. E. (1998). Nature, 392(6672), 164–168.