イラク統治評議会:2003年イラク戦争後の暫定統治機関

📌 主なポイント
- ✓イラク統治評議会は2003年のイラク戦争後に設立されたイラク人による初の暫定統治機関である。
- ✓メンバーはシーア派、スンナ派、クルド人、トルクメン人、キリスト教徒など25名の多様な代表で構成された。
- ✓連合国暫定当局(CPA)の下部組織として機能し、2004年6月の暫定政権発足に伴い解散した。
イラク統治評議会(アラビア語:مَجْلِس الحُكْمِ العِرَاقِيّ)は、2003年のイラク戦争によるサッダーム・フセイン政権崩壊後、アメリカ軍を中心とする連合軍の占領下においてイラクの暫定統治を担ったイラク人による初の機関である。2004年に新政府が樹立されるまでの間、行政や大臣・大使の任命、新憲法制定への布石などの役割を果たした。
概要と権限
ヒエラルキー上は連合国暫定当局(CPA)の下部組織に位置づけられており、CPAの指示や指導に基づいて立法および行政を行った。形式的には立法権や行政権を有するとされたが、実際には新政府が樹立されるまでの連合軍による間接統治の色彩が強い機関であった。

組織構成
メンバーは、反サッダーム・フセイン体制派であった多様な民族や宗派を背景持つ25名の代表によって構成された。イスラム教シーア派のアラブ人が過半数となる13名を占めたほか、スンナ派アラブ人5名、クルド人5名、トルクメン人1名、アッシリア人のキリスト教徒1名が参加していた。また、議長職は9名の評議員による1か月ごとの輪番制が採用されていた。
沿革と主要なできごと
2003年7月13日に最初の会合が開催され、旧フセイン政権が崩壊した同年4月9日を国民の休日とすることを決定した。同年7月30日には、ダアワ党のイブラーヒーム・アル=ジャアファリー代表が初代議長に選出された。その後、同年9月1日に暫定内閣が樹立されたが、治安の悪化に伴い同年9月20日にはアキーラ・ハーシミー評議員が銃撃を受け、同月25日に死亡するなど、治安上の困難に直面した。同年12月10日には旧政権の戦争犯罪を裁くためのイラク特別法廷が設置され、同月13日には潜伏中だったサッダーム・フセイン元大統領がアメリカ軍によって拘束された。2004年5月17日にはアブドゥッザフラ・オスマーン・ムハンマド議長が自爆テロにより暗殺される事件が発生した。その後、同年5月28日に暫定政権が選出され、同年6月2日に暫定政権が発足したことに伴い、イラク統治評議会は解散した。