歴史上の人物
イリナ・フェリクソヴナ・ユスポヴァ:ロシア貴族ユスポフ家の公女の生涯

ロシア帝国の名門ユスポフ家のフェリックス・ユスポフ公爵とイリナ・アレクサンドロヴナ公女の間に生まれた一人娘、イリナ・フェリクソヴナ・ユスポヴァの生涯と家族に関する百科事典記事。
📌 主なポイント
- ✓1915年3月21日にロシア帝国ペトログラードのモイカ宮殿で生まれた。
- ✓父親はユスポフ家の家長フェリックス・ユスポフ公爵、母親はロシア皇帝の孫娘イリナ・アレクサンドロヴナ公女である。
- ✓1919年にイギリス軍艦「マールバラ」でクリミアから脱出し、フランスへ亡命した。
- ✓1983年8月30日にフランスで死去し、サント=ジュヌヴィエーヴ=デ=ボワのロシア人墓地に埋葬された。
イリナ・フェリクソヴナ・ユスポヴァ(ロシア語: Ирина Феликсовна Юсупова, ラテン文字転写: Princess Irina Felixovna Yusupova、1915年3月21日 - 1983年8月30日)は、ロシア帝国の名門貴族ユスポフ家の家長フェリックス・ユスポフ公爵と、ロシア皇帝アレクサンドル3世の孫娘であるイリナ・アレクサンドロヴナ公女の間に生まれた唯一の子供である。

生い立ちと亡命
イリナは1915年3月21日、ロシア帝国の首都ペトログラードにあるモイカ宮殿で生まれた。父親のフェリックス・ユスポフはヨーロッパ屈指の莫大な財産を持つユスポフ家の当主であり、母親のイリナ・アレクサンドロヴナはロシア皇帝アレクサンドル3世の長女クセニア・アレクサンドロヴナ大公女と、アレクサンドル・ミハイロヴィチ大公の娘であった。

ロシア革命の勃発後、一族はクリミア半島に身を寄せたが、1919年にイギリス海軍の巡洋艦「マールバラ」によって救出され、フランスへと亡命した。幼少期は両親から離れて乳母に育てられることが多く、母とは距離のある関係であった一方で、父に対しては深い敬愛を抱いて成長した。
結婚と晩年
1938年6月19日、ニコライ・ドミトリエヴィチ・シェレメーテフ伯爵と結婚し、二人の間には一人娘であるクセニア・シェレメーテヴァが生まれた。晩年をフランスで過ごしたイリナは、1983年8月30日に68歳で死去し、フランスのサント=ジュヌヴィエーヴ=デ=ボワにあるロシア人墓地に埋葬された。

よくある質問
イリナ・フェリクソヴナ・ユスポヴァの両親は誰ですか?
父親はユスポフ家のフェリックス・ユスポフ公爵であり、母親はロシア皇帝アレクサンドル3世の孫娘であるイリナ・アレクサンドロヴナ公女です。
彼女はどのようにしてロシアを離れましたか?
1919年にロシア革命後のクリミアからイギリス海軍の巡洋艦「マールバラ」によって救出され、フランスへ亡命しました。
イリナの夫や子供は誰ですか?
1938年にニコライ・ドミトリエヴィチ・シェレメーテフ伯爵と結婚し、娘のクセニア・シェレメーテヴァが生まれました。
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参考文献
Greg King (1996) The Man Who Killed Rasputin: Prince Youssoupov and the Murder That Helped Bring Down the Russian Empire. Birch Lane Pr. / Edvard Radzinsky 『真説 ラスプーチン 下』 NHK出版, 2004年。 / Robert K. Massie 『ロマノフ王家の終焉』 鳥影社, 1999年。