言語学者

ジェームズ・マレー (言語学者)

ジェームズ・マレー (言語学者)
『オックスフォード英語辞典』(OED)の初代編集主幹を務めたスコットランド出身の文献学者、ジェームズ・マレーの生涯と業績を解説します。

📌 主なポイント

  • ジェームズ・マレーは『オックスフォード英語辞典』(OED)の初代編集主幹を務めた。
  • 独学で複数の言語を習得し、文献学者としてスコットランドの方言研究などで業績を残した。
  • 辞書編纂において、言葉の規範よりも実際の使用例を重視する記述主義的なアプローチをとった。

ジェームズ・オーガスタス・ヘンリー・マレー(James Augustus Henry Murray, 1837年2月7日 - 1915年7月26日)は、スコットランド出身の文献学者であり、英語圏で最も権威ある辞書の一つである『オックスフォード英語辞典』(Oxford English Dictionary, OED)の編集主幹として知られる人物です。

ジェームズ・マレーの肖像
ジェームズ・マレー(1910年以前)

生涯

マレーはスコットランドの仕立屋の家に生まれました。14歳で地元の学校を卒業した後、経済的な制約から高等教育を受ける機会には恵まれませんでしたが、独学でラテン語、フランス語、イタリア語、ドイツ語、ギリシャ語など複数の言語を習得しました。1860年代後半には大英博物館への就職を試みましたが叶わず、その後、文献学会(Philological Society)の活動を通じて学術的なキャリアを築きました。1873年には『スコットランド南部諸州の方言』を出版し、言語学者としての評価を確立しました。

『オックスフォード英語辞典』の編纂

1857年、リチャード・トレンチによる講演を機に、文献学会は歴史的原理に基づく新英語辞典の編纂計画を立ち上げました。マレーは1877年にこの編纂事業の打診を受け、1879年にオックスフォード大学出版局と正式に契約を交わし、編集主幹に就任しました。

マレーは、辞書を「言語の素材が時間とともにどのように発達し、使用されてきたかの記録」と捉える記述主義的な立場を貫きました。彼は、語彙の起源や形式から意味を推測するのではなく、実際の使用例に基づいた「語彙の伝記」を記述することを目的としました。言葉の正誤を問う問い合わせに対しても、言語の多様性を重視し、個人の好みの問題として扱う姿勢を示しました。彼が開始したこの壮大な編纂事業は、彼の死後も引き継がれ、1927年に初版の完結を迎えました。

家族

息子にチェスの歴史研究で知られるH・J・R・マレーがいます。また、孫にはイエズス会神父のロバート・P・R・マレーがいます。

よくある質問

ジェームズ・マレーが編集主幹を務めた辞書は何ですか?
『オックスフォード英語辞典』(OED)です。
マレーはどのような言語観を持っていましたか?
彼は辞書を「言語の素材が時間とともにどのように発達し、使用されてきたかの記録」と見なす記述主義的な立場をとっていました。
『オックスフォード英語辞典』の初版はいつ完結しましたか?
マレーの死後、1927年に完結しました。

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参考文献

  • 保坂道雄「ジェームズ・A. H. マレー」(マーガレット・トマス『ことばの思想家50人:重要人物からみる言語学史』所収、朝倉書店、2016年、pp.120-123)