音楽史
日本の童謡:歴史と変遷

日本の童謡の歴史、大正時代の文学運動から現代に至るまでの変遷、および「童謡」という言葉の定義について解説します。
📌 主なポイント
- ✓童謡は広義には子供の歌全般を指すが、狭義には大正時代以降に創作された芸術性の高い児童歌曲を指す。
- ✓1918年創刊の児童雑誌『赤い鳥』が文学童謡の普及に大きな役割を果たした。
- ✓戦後には童謡ブームが到来し、国民的愛唱歌として定着したが、時代とともにアニメソングなどへ主流が移り変わった。
童謡(どうよう)とは、広義には子供向けの歌や子供が歌う歌を指す言葉です。日本における狭義の「童謡」は、大正時代後期以降、子供の情操教育や芸術的感性を育むことを目的として、詩人と作曲家によって創作された歌曲を指します。これらは「文学童謡」とも呼ばれ、自然発生的な「わらべ歌」や、学校教育用の「唱歌」とは区別される概念として発展しました。
歴史的背景と大正期の展開
明治時代から大正時代初期にかけて、子供の歌といえば伝承されてきた「わらべ歌」や、学校教育で用いられる「唱歌」が主流でした。しかし、大正時代に入ると、子供の空想や純粋な情緒を尊重する新しい児童文学の潮流が生まれます。
1918年(大正7年)、鈴木三重吉が児童雑誌『赤い鳥』を創刊したことは、童謡の歴史における決定的な転換点となりました。鈴木は、子供たちに芸術性の高い文学作品を与えることを提唱し、これが「文学童謡」の誕生へと繋がりました。翌1919年には、西條八十の詩に成田為三が作曲した「かなりや」が掲載され、文学童謡の先駆けとなりました。
よくある質問
童謡と唱歌の違いは何ですか?
唱歌は主に学校教育での情操教育を目的として作られた歌であり、文部省唱歌などが代表的です。一方、狭義の童謡は、大正時代に『赤い鳥』運動などを通じて、子供の純粋な感性を育むための芸術的な作品として創作されたものを指します。
「童曲」とは何ですか?
邦楽の分野で子供向けに作られた楽曲を指します。明治から大正にかけて、ピアノよりも箏が普及していた背景もあり、宮城道雄らによって多くの童曲が作曲されました。
童謡の人気は現在どうなっていますか?
昭和中期以降、アニメソングやテレビ番組の主題歌が子供たちの間で主流となりましたが、1980年代後半以降には中高年層を中心に童謡を懐かしむ人気が高まるなど、世代を超えて親しまれています。
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参考文献
畑中圭一『童謡論の系譜』東京書籍、1990年。
周東美材「童謡のメディア論 近代日本における『声』の実践と変容」『社会学評論』第59巻第2号、2008年。
海沼実『童謡 心に残る歌とその時代』NHK出版、2003年。