ジェシー・リバモア:アメリカの伝説的な相場師と空売りの技術
📌 主なポイント
- ✓ジェシー・リバモアは1877年にアメリカのマサチューセッツ州で生まれた。
- ✓1929年の世界恐慌前後に大量の売りポジションを持ち、巨額の利益をあげたことで知られる。
- ✓トレンドフォローの手法や空売りを得意とした伝説的な相場師である。
ジェシー・ローリストン・リバモア(英語: Jesse Lauriston Livermore、1877年7月26日 - 1940年11月28日)は、アメリカ合衆国の投機家・相場師である。市場のトレンドに従う取引手法や、空売りを得意としたことで知られている。
生涯
マサチューセッツ州シュルーズベリーの家庭に生まれたリバモアは、14歳で家を飛び出してボストンの株仲買店で働き始めた。株価の黒板書きの仕事をしながらティッカーテープを読み、相場の動きを独学で観察するようになった。10代の頃からバケット・ショップと呼ばれる差金決済取引の原型のような店舗を相手に利益を上げ、「無鉄砲な少年相場師(boy plunger)」と呼ばれるようになった。
その後、ニューヨーク証券取引所での本格的な現物株取引に参入するが、取引のタイムラグや仕組みの違いから何度かの破産と再起を経験した。1907年の金融危機や1929年の世界恐慌の際には大規模な空売りを通じて巨額の富を築き、「ウォール街のグレートベア」と称された。
投資手法と影響
リバモアは初期にはバケット・ショップでの超短期売買を行っていたが、後に長期的なトレンドフォロー型のトレーディングスタイルへと移行した。また、含み益を利用してポジションを増やす手法(いわゆるピラミッティング)を用いることでも知られていた。しかし、その生涯を通じて莫大な富を得た一方で、度重なる巨額の損失や破産も経験した。
晩年はうつ病に悩み、1940年11月にニューヨークのホテルで銃により生涯を閉じた。彼生涯や相場哲学は、エドウィン・ルフェーブルによる著作『欲望と幻想の市場 伝説の投機王リバモア』(原題:Reminiscences of a Stock Operator)などの相場書の古典を通じて、後世の投資家にも広く知られている。