日本の元号

神護景雲(日本の元号)

神護景雲は、奈良時代の日本の元号の一つ。767年から770年まで使用され、四文字元号の最後となった。

📌 主なポイント

  • 神護景雲は767年から770年まで使用された日本の元号である。
  • 日本における最後の四文字元号である。
  • 宇佐八幡宮神託事件が発生し、和気清麻呂が配流された。
  • 770年の称徳天皇崩御に伴い、宝亀へと改元された。

神護景雲(じんごけいうん)は、日本の元号の一つ。天平神護の後、宝亀の前。767年から770年までの期間に使用された。この時代の天皇は称徳天皇および光仁天皇である。

概要

神護景雲は、日本における「四文字元号」の最後となった元号である。前代の「天平神護」から「神護」の二字を引き継いでいる点が特徴的である。

改元

  • 天平神護3年8月16日(ユリウス暦767年9月13日):彩雲の発現を瑞祥として「神護景雲」に改元。
  • 神護景雲4年10月1日(ユリウス暦770年10月23日):白亀の献上を瑞祥として、また光仁天皇の即位による代始に伴い「宝亀」に改元。

主な出来事

神護景雲年間には、地方統治の強化や政治的な事件が発生した。

  • 伊治城の完成(767年):陸奥国に伊治城が築かれた。
  • 怡土城の完成(768年):筑前国に怡土城が完成した。
  • 善行者の顕彰:全国から選ばれた善行の者に対し、租税の終生免除などの恩典が与えられた。
  • 宇佐八幡宮神託事件(769年):道鏡の排除を命じる神託を持ち帰った和気清麻呂が、称徳天皇の怒りを買い、醜名(別部穢麻呂)に改名させられた上で大隅国へ配流された。
  • 称徳天皇の崩御(770年8月4日):称徳天皇が崩御し、これに伴い道鏡は下野国へ左遷された。

善行者の顕彰

神護景雲2年(768年)には、社会的な善行を積んだ人物に対する顕彰が行われた。この際、選ばれた人物には租税の免除などが与えられた。顕彰された人物は以下の通りである。

顕彰者出身地顕彰理由
刑部千麻呂信濃国水内郡友情
倉橋部広人信濃国水内郡困窮者の租税代納
他田舎人千世売信濃国伊那郡節婦
建部大垣信濃国更級郡恭順、孝養
高橋連波自采女対馬国上県郡貞婦、孝養
網引公金村備後国葦田郡孝養
小谷直五百依甲斐国八代郡孝養
額田部蘇提売石見国美濃郡貞婦、地域貢献

※矢田部黒麻呂については宝亀3年の顕彰である。

よくある質問

神護景雲はいつからいつまで使われましたか?
西暦767年から770年まで使用されました。
神護景雲はなぜ最後の四文字元号と呼ばれますか?
それまで続いていた四文字元号の慣習が、この元号を最後に終了したためです。
宇佐八幡宮神託事件とは何ですか?
道鏡の皇位継承を否定する神託を和気清麻呂が持ち帰ったことで、称徳天皇の怒りを買い、清麻呂が配流された事件です。

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参考文献

  • 『続日本紀』
  • 神護景雲2年5月辛未条