日本の元号

承平 (日本)

日本の元号である「承平」について、931年から938年までの期間、朱雀天皇の治世、および承平天慶の乱の背景となった時代の出来事を解説します。

📌 主なポイント

  • 承平は931年から938年まで続いた日本の元号である。
  • 元号の出典は中国の歴史書『漢書』である。
  • この期間は朱雀天皇の治世にあたる。
  • 承平年間に藤原忠平が太政大臣に就任した。

承平(じょうへい/しょうへい)は、日本の元号の一つ。延長の後、天慶の前にあたり、931年から938年までの期間を指す。この時代の天皇は朱雀天皇である。

改元

延長9年4月26日(ユリウス暦931年5月16日)、延長から改元された。その後、承平8年5月22日(ユリウス暦938年6月22日)に天慶へ改元された。

出典

元号の出典は、『漢書』の「今累世承平、豪富吏民、貲数鉅萬」という記述に由来する。

承平期の主な出来事

承平年間は、平安時代中期にあたり、中央政界では藤原忠平が権勢を振るう一方、地方では後の「承平天慶の乱」へとつながる動乱の兆しが見え始めた時期である。

  • 931年(承平元年):宇多法皇が崩御。また、京中で群盗が横行し、山城国の淀や山崎などの警固が強化された。
  • 935年(承平五年):桓武天皇の玄孫である平将門が、一族間の紛争により伯父の平国香を殺害する事件が発生した。
  • 936年(承平六年):藤原忠平が太政大臣に昇進した。これは父・藤原基経以来、45年ぶりの任命であった。
  • 938年(承平八年):平将門が検非違使庁での訊問を経て、朱雀天皇の元服に伴う大赦により罪を許された。しかし、将門と一族の争いや、藤原純友による海賊行為など、瀬戸内海周辺の情勢は不安定な状況が続いた。

よくある質問

承平の期間はいつからいつまでですか?
ユリウス暦で931年5月16日から938年6月22日までです。
承平の元号の由来は何ですか?
中国の歴史書『漢書』にある「今累世承平」という一節から採用されました。
承平の時代にはどのような大きな出来事がありましたか?
藤原忠平の太政大臣就任や、平将門による一族間の紛争、藤原純友の海賊行為など、承平天慶の乱へとつながる社会不安が発生しました。

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参考文献

  • 『日本年号史』
  • 『漢書』
  • 『大鏡』