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常総市:茨城県南西部の歴史と水運の街

茨城県常総市の歴史、地理、産業、および2015年の鬼怒川水害からの復興について解説します。水運で栄えた歴史を持つ常総市の概要を紹介。
📌 主なポイント
- ✓2006年1月1日に水海道市と石下町が合併して発足した。
- ✓鬼怒川の水運により、江戸時代から中継地として栄えた歴史を持つ。
- ✓2015年9月の関東・東北豪雨により、鬼怒川の堤防決壊による甚大な被害を受けた。
常総市(じょうそうし)は、茨城県の南西部に位置する市です。2006年(平成18年)1月1日に水海道市と石下町が合併して発足しました。東京都心から約50km圏内にあり、鬼怒川と小貝川が流れる平坦な地形が特徴です。
歴史と発展
市の中心部である水海道地区は、江戸時代から鬼怒川の水運を利用した中継地として発展しました。「鬼怒川の水は尽きるとも、その富は尽くることなし」と称されるほど、河川交通の要所として繁栄しました。1913年(大正2年)には常総鉄道(現・関東鉄道常総線)が開通し、鉄道交通による経済発展へと移行しました。
地理と環境
市域は海抜10mから20mの平坦な低地が広がっています。中央を流れる鬼怒川を境に、東部は市街地や水田、西部は農地や森林、工業団地が広がっています。西部には猿島台地があり、特産品である「さしま茶」の生産が行われています。また、坂東市との境界には菅生沼があり、自然環境保全地域に指定されています。
2015年関東・東北豪雨の影響
2015年(平成27年)9月に発生した関東・東北豪雨では、鬼怒川の堤防が決壊し、市中心部を中心に甚大な被害を受けました。この水害は市の人口減少や商工業の廃業など、地域経済に深刻な影響を及ぼしました。現在、市は復興と防災対策を最優先課題として取り組んでいます。
多文化共生
市内にはブラジルなど中南米出身の住民が多く居住しており、水海道駅周辺にはポルトガル語の案内板や日系人が経営する店舗、私立学校などが存在し、多文化共生が進む地域としての側面も持っています。
よくある質問
常総市の名前の由来は何ですか?
平成の大合併の際、一般公募に基づいて決定されました。
常総市はどのような産業が盛んですか?
古くからの水運の歴史に加え、農業(さしま茶など)や工業団地での製造業が主要な産業となっています。
常総市へのアクセスはどのようになっていますか?
東京都心から鉄道や高速道路を利用して1時間弱の距離に位置しています。
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茨城県水海道市鬼怒川関東鉄道常総線平成27年9月関東・東北豪雨
参考文献
- 常総市「常総市のあゆみ」
- 常総市水害対策検証委員会「平成27年常総市鬼怒川水害対応に関する検証報告書」
- 『水海道郷土史物語』(筑波書林)
- 朝日新聞「交流重ね友好協定 災害時の協定結ぶ常総市・山武市」(2026年1月7日)