日本の元号
承元 (元号)
承元は、日本の元号の一つで、1207年から1211年までの期間を指します。土御門天皇および順徳天皇の御代における改元の経緯や歴史的背景を解説します。
📌 主なポイント
- ✓承元は1207年から1211年まで使用された日本の元号である。
- ✓改元の理由は『百錬抄』において三合説などが挙げられている。
- ✓承元期には土御門天皇から順徳天皇への譲位が行われた。
承元(じょうげん)は、日本の元号の一つ。建永の後、建暦の前にあたり、1207年から1211年までの期間を指す。この時代の天皇は土御門天皇および順徳天皇であり、後鳥羽上皇による院政が行われていた。また、鎌倉幕府では源実朝が将軍職にあり、北条義時が執権を務めていた時期にあたる。
改元の経緯
建永2年10月25日(ユリウス暦1207年11月16日)、改元が行われた。改元の理由については諸説あり、『百錬抄』では三合を原因とする説が挙げられているほか、疱瘡や疾疫、雨水などの災異を理由とする説も存在する。その後、承元5年3月9日(ユリウス暦1211年4月23日)に建暦へと改元された。
出典
元号の出典は、『通典』の「古者祭以二酉時一、薦用二仲月一、近代相承、元日奏二祥瑞一」という記述に基づいている。
承元期の主な出来事
承元4年11月25日(ユリウス暦1210年12月12日)、土御門天皇が順徳天皇に譲位した。
よくある質問
承元は何年から何年までの元号ですか?
1207年から1211年までの期間です。
承元への改元の理由は?
『百錬抄』には三合を原因とする説が記されており、その他にも疱瘡や疾疫、雨水などの災異が理由として挙げられています。
承元期に在位していた天皇は誰ですか?
土御門天皇および順徳天皇です。この時期は後鳥羽上皇による院政が行われていました。
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建永建暦土御門天皇順徳天皇後鳥羽天皇鎌倉幕府
参考文献
北爪真佐夫「元号と武家」『札幌学院大学人文学会紀要』第68巻、2000年9月、1-32頁(北爪真佐夫『文士と御家人: 中世国家と幕府の吏僚』青史出版、2002年 所収)。