人物
貝原好古:江戸時代の儒学者・国学者
江戸時代前期に活躍した筑前国の儒学者、国学者、教育者である貝原好古の生涯や『和爾雅』『諺艸』などの編著について解説する百科事典記事。
📌 主なポイント
- ✓貝原好古は1664年(寛文4年)に筑前国で生まれた。
- ✓叔父は同じく儒学者・本草学者として著名な貝原益軒である。
- ✓中国の『爾雅』に倣った国語辞書『和爾雅』を編纂した。
- ✓諺や俗語をいろは歌順に並べた『諺艸』を著した。
貝原 好古(かいばら よしふる、寛文4年(1664年) - 元禄13年5月23日(1700年7月9日))は、江戸時代前期の日本の儒学者、国学者、教育者である。号は恥軒、字は敏夫、通称は市之進。「かいはらこうこ」とも読まれる。
生涯
1664年(寛文4年)、筑前福岡藩の浦奉行であり儒学者・本草学者であった貝原楽軒の長男として生まれた。弟には歌人の貝原和軒がいる。のちに、同じく儒学者・本草学者として知られる叔父の貝原益軒の養子となった。
父とともに福岡藩に仕え、藩命により貝原益軒が手掛けた『筑前国続風土記』の編集にも関与している。
主な編著
好古は数々の著作や編纂物を残しており、主なものとして以下の作品が挙げられる。
- 『和爾雅』(わじが) - 全8巻、1688年(貞享5年/元禄元年)に編纂された、中国の『爾雅』に倣った国語辞書。
- 『日本歳時記』(榑桑歳時記) - 全7巻、1688年(貞享5年/元禄元年)に成立。1年を四季12か月に分け、各月の公事や祭礼、農事、衣食などの生活・文化に関する項目を並べ、故事や図解、詩歌などを載せたもの。
- 『諺艸』(ことわざぐさ) - 全6巻、1701年(元禄14年)に刊行。諺や俗語をいろは歌の文字順に並べて解説した書物である。
後世への影響
イギリス帝国の外交官であった男爵ミットフォードは、1866年から4年間の日本滞在中に日本語を学んでおり、貝原の『諺艸』を知った。ミットフォードは著者までは特定していなかったものの、その内容の一部を英訳して本国で紹介した。
よくある質問
貝原好古とはどのような人物ですか?
江戸時代前期に活動した筑前国の儒学者、国学者、教育者です。『和爾雅』や『日本歳時記』、『諺艸』などの編著を残しました。
貝原好古の代表的な著作は何ですか?
国語辞書の『和爾雅』や、生活・文化情報をまとめた『日本歳時記』、諺や俗語を解説した『諺艸』などが代表作として挙げられます。
貝原好古と貝原益軒の関係はどのようなものですか?
貝原益軒は好古の叔父であり、のちに好古は益軒の養子となりました。また、益軒が手掛けた『筑前国続風土記』の編集にも好古は関わっています。
関連記事
貝原益軒儒教国学辞書歳時記
参考文献
- 貝原好古ほか 『Tales of Old Japan』 ロンドン、1910年。
- 国立公文書館 所蔵資料 『諺艸』。