気象
かつて存在した日本の海洋気象台の歴史と組織改編

日本に存在した海洋気象台の歴史、役割、および2013年の組織改編による廃止までの経緯について解説します。
📌 主なポイント
- ✓海洋気象台は気象庁の地方支分部局であり、管区気象台と同格とされていた。
- ✓1920年に最初の施設である神戸海洋気象台が設立された。
- ✓2013年10月の気象庁組織改編により、すべての海洋気象台が廃止・改組された。
海洋気象台(かいようきしょうだい)は、かつて日本に存在した気象庁の地方支分部局の一種である。管区気象台と同格とされ、主に海洋観測や海上気象観測、および海上警報の発表などを担当していた。廃止時点では、日本国内に4か所が設置されていた。
設立の背景と歴史
神戸に最初の海洋気象台が設立されたのは1920年(大正9年)である。当時、天気図作成のために洋上気象観測の必要性が高まっていたほか、東京の中央気象台よりも西側に拠点を作る必要性が生じていた。中央気象台長であった中村精男に対し、海洋調査の重要性を深く認識していた岡田武松が設置を進言したことが契機となった。第一次世界大戦以降、気象電報の送受環境が悪化し、中央気象台から遠い西日本で予報送信が遅れる傾向があったことも背景にある。

1918年に文部省が設立を認めたものの、建設費の確保に難航した。しかし、当時の海運業者の出資によって建物や無線施設が建設され、1920年8月25日に開設に至った。1922年12月には、世界初となる船舶向けの気象専用放送の送信を開始している。その後、戦時中に函館気候測量所が函館海洋気象台となり、神戸の施設も神戸海洋気象台へと改称された。戦後には長崎および舞鶴にも海洋気象台が設置され、最終的に4つの海洋気象台が日本周辺海域を分担して管轄する体制となった。
2013年の組織改編と廃止
2013年1月、気象庁は組織改編を発表し、同年10月1日付で神戸、函館、長崎の3海洋気象台を地方気象台へと改組した。これに伴い、それぞれの海洋気象業務は大阪、福岡、札幌の各管区気象台に移管された。また、舞鶴海洋気象台は廃止され、本庁組織として新たに日本海海洋気象センターが設置された。これにより、日本国内の「海洋気象台」という名称の機関はすべて姿を消すこととなった。
廃止直前の海洋気象台一覧
| 名称 | 発祥 | 管轄海域 | 後身(現在) |
|---|---|---|---|
| 函館海洋気象台 | 1872年創設の函館気候測量所を母体とする | 北海道周辺・本州東方海域 | 函館地方気象台 |
| 舞鶴海洋気象台 | 1946年創設の組織を母体とする | 日本海 | 日本海海洋気象センター |
| 神戸海洋気象台 | 1920年創設 | 四国沖・瀬戸内海 | 神戸地方気象台 |
| 長崎海洋気象台 | 1878年創設の長崎測候所を母体とする | 九州・沖縄周辺・東シナ海 | 長崎地方気象台 |
よくある質問
海洋気象台はいくつありましたか?
廃止時点では日本国内に函館、舞鶴、神戸、長崎の4か所が存在していました。
海洋気象台はいつ廃止されましたか?
2013年10月1日の気象庁組織改編に伴い、すべて廃止・改組されました。
関連記事
気象庁管区気象台地方気象台岡田武松
参考文献
- 神戸新聞 「消える神戸『海洋』気象台 『地方』に改編へ」 2013年1月29日。
- 日本経済新聞 「『海洋気象台』、組織改編で消滅 10月から」 2013年1月30日。
- 気象庁 「気象庁組織改編(平成25年10月1日付)の概要について」 2013年9月20日。