日本の元号

嘉元:日本の歴史的元号(1303-1306年)

日本歴史における元号の一つである「嘉元(かげん)」に関する詳細な解説。乾元の後、徳治の前に位置し、1303年から1306年までの期間を網羅。

📌 主なポイント

  • 嘉元は乾元の次、徳治の前の元号であり、1303年から1306年までの期間を指す。
  • 嘉元期には後二条天皇が位にあり、鎌倉幕府の執権は北条師時であった。
  • 嘉元3年(1305年)には北条宗方らが起こした「嘉元の乱」が発生した。

嘉元(かげん)は、日本の元号の一つである。乾元の後を受け、徳治の前に位置する時代であり、西暦1303年から1306年までの期間を指す。この時代における天皇は後二条天皇であり、鎌倉幕府においては久明親王が将軍を務め、執権は北条師時が担った。

改元の背景と由来

乾元2年8月5日(ユリウス暦1303年9月16日)、彗星の出現や日照りなどの災害や天変地異が相次いだことを理由として改元が行われた。その後、嘉元4年12月14日(ユリウス暦1307年1月18日)に徳治へと改元されている。

元号の典拠となったのは、中国の書物である『芸文類聚』天部に収められている「賀老人星表曰、嘉占元吉、弘無量之祐、隆克昌之祚、普天同慶、率土合歓」という記述に基づいている。

嘉元期におきた主な出来事

嘉元の期間中には、皇室の崩御や鎌倉幕府内の権力闘争といった重要な歴史的事件が発生している。

  • 嘉元元年(1303年):後深草法皇が崩御(7月16日)。
  • 嘉元三年(1305年):越訴頭人の北条宗方らが連署の北条時村らを討つ事件が発生。宗方らは執権・北条師時の館で討伐された(嘉元の乱)。
  • 嘉元三年(1305年):亀山法皇が崩御(9月15日)。

西暦との対照表

嘉元期の各年における和暦とユリウス暦の対照は以下の通りである。なお、※印は小の月を示す。

嘉元年一月二月※三月四月閏四月※五月※六月七月※八月九月※十月※十一月十二月
嘉元元年(癸卯)1303/1/192/183/194/185/186/167/158/149/1210/1211/1012/91304/1/8
嘉元二年(甲辰)※一月1304/2/73/74/65/66/47/48/29/19/3010/3011/2812/28-
嘉元三年(乙巳)1305/1/262/253/264/255/246/237/238/219/2010/1911/1812/171306/1/16 (閏十二月※)
嘉元四年(丙午)1306/2/143/164/145/146/127/128/109/910/911/712/71307/1/5-

よくある質問

嘉元はいつからいつまでの期間ですか?
西暦1303年から1306年までの期間を指します。
嘉元への改元理由はどのようなものですか?
乾元2年8月5日(ユリウス暦1303年9月16日)に、彗星の出現や日照りなどの天変地異を理由として改元されました。
嘉元期に起きた主な政変は何ですか?
嘉元3年(1305年)に越訴頭人の北条宗方らが連署の北条時村らを討った「嘉元の乱」が発生しました。

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参考文献

平野邦雄・瀬野精一郎編『日本古代中世人名辞典』吉川弘文館。および各種日本歴史年表・元号一覧。