日本の元号
嘉吉(日本の元号)
嘉吉(かきつ)は、室町時代の日本の元号の一つ。1441年から1444年まで続き、嘉吉の乱や嘉吉の徳政一揆など、室町幕府の動揺を象徴する出来事が相次いだ時期である。
📌 主なポイント
- ✓嘉吉は1441年から1444年まで続いた日本の元号である。
- ✓出典は『周易』の「孚于嘉吉、位正中也」である。
- ✓この期間中に嘉吉の乱、嘉吉の徳政一揆、禁闕の変といった幕府の統治を揺るがす重大事件が発生した。
嘉吉(かきつ)は、日本の元号の一つ。永享の後、文安の前にあたり、1441年から1444年までの期間を指す。この時代の天皇は後花園天皇、室町幕府将軍は足利義教および足利義勝である。
改元
永享13年2月17日(ユリウス暦1441年3月10日)、辛酉革命に当たるため改元された。その後、嘉吉4年2月5日(ユリウス暦1444年2月23日)に文安へ改元された。
出典
元号の出典は『周易』の「孚于嘉吉、位正中也」から採られた。勘申者は東坊城益長とされている。
嘉吉期におきた主な出来事
嘉吉年間は、室町幕府の権威が大きく揺らいだ時期として知られる。
- 結城合戦の終結:結城城が落城し、結城氏朝・持朝らが自害した。
- 嘉吉の乱(1441年):播磨守護・赤松満祐が、将軍・足利義教を自邸に招いて殺害した。
- 嘉吉の徳政一揆:嘉吉の乱の直後、畿内で大規模な土一揆が発生した。
- 禁闕の変(1443年):後南朝の一派が内裏を襲撃し、三種の神器を強奪した。
この時代の主な人物
嘉吉年間には、幕府の要人や皇族の出生・死去が相次いだ。
出生
- 後土御門天皇(1442年)
- 山名政豊(1441年)
- 畠山政長(1442年)
死去
- 足利義教(1441年、嘉吉の乱により死去)
- 足利義勝(1443年、第7代将軍)
- 赤松満祐(1441年)
- 細川持之(1442年)
よくある質問
嘉吉の元号はいつからいつまでですか?
1441年から1444年までの期間です。
嘉吉の乱とは何ですか?
1441年に播磨守護の赤松満祐が、室町幕府第6代将軍・足利義教を自邸に招いて殺害した事件です。
嘉吉の出典は何ですか?
中国の古典である『周易』の「孚于嘉吉、位正中也」から採られています。
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参考文献
- 『日本年号史大事典』
- 『室町幕府全史』