金森赤レンガ倉庫の歴史と現在の観光施設としての展開

📌 主なポイント
- ✓金森赤レンガ倉庫の起源は、1869年に初代渡邉熊四郎が開業した金森森屋洋物店である。
- ✓1887年より営業倉庫業を開始し、函館市内における最初の営業倉庫業となった。
- ✓1988年以降、倉庫を活用した商業施設や観光名所へと再開発が進められた。
金森赤レンガ倉庫は、北海道函館市の末広町に位置する歴史的な赤レンガ倉庫群の名称である。現在は金森商船株式会社が管理・運営を行っており、ショッピングモールやビアホール、ホールなどが立ち並ぶ函館を代表する観光名所として知られている。

倉庫群が位置する地域一帯は重要伝統的建造物群保存地区に選定されており、街並みは北海道遺産にも登録されている。
歴史と沿革
現在倉庫群が建つ一帯は、幕末に造船所や外人居留地があった埋立地であり、かつては「地蔵町築島」と呼ばれていた。明治時代以降は「船場町」と改称され、1872年には開拓使の官吏であった福士成豊による日本人初の気象観測が行われた場所としても知られている。

1863年(文久3年)、大分県出身の初代渡邉熊四郎が長崎から箱館へ渡り、1869年(明治2年)に大町で「金森森屋洋物店」を開業した。これが現在の金森赤レンガ倉庫の起源となる。開業時に採用された「曲尺(かねじゃく)」に「森」の字を組み合わせた商標は、現在もレンガ建物に描かれている。

1887年(明治20年)、渡邉熊四郎は日本郵船の設立に伴い不要となった倉庫建物や地所を買い取り、函館市内において最初となる営業倉庫業を開始した。海運業の発展とともに取扱貨物量が増加し、事業は順調に拡大した。
しかし、1907年(明治40年)11月30日に初代渡邉熊四郎が死去し、同年には大規模な火災によって6棟の倉庫を失う被害を受けた。その後、不燃質の建材を用いた倉庫の再建が進められ、1909年(明治42年)5月に完成した。
商業施設への転換
昭和後期に入ると、輸送形態の変化や北洋漁業・造船業の縮小に伴い、港湾機能が北東部へ移行したことで倉庫業は規模縮小を余儀なくされた。こうした中、伝統的な建物としての価値が注目されるようになった。

1988年(昭和63年)には倉庫の一角が「函館ヒストリープラザ」として活用され始め、その後「BAYはこだて」や「金森洋物館」など様々な店舗が入居する商業施設へと生まれ変わった。2003年(平成15年)には日本郵船からBAYはこだての敷地および建物が金森商船に取得され、一帯が一体的に運営されるようになった。
現在の施設構成
現在の金森赤レンガ倉庫は、いくつかの主要な施設で構成されている。
- BAYはこだて:イベントホールやレストラン、ショップが入居するエリア。
- 函館ヒストリープラザ:展示ホールや函館ビヤホールが入る施設。
- 金森洋物館:アンティークや輸入雑貨、クリスマス用品などを取り扱うエリア。
- 金森ホール:コンサートや展示会、ウェディングなどに利用される多目的ホール。


よくある質問
金森赤レンガ倉庫の起源は何ですか?
現在の金森赤レンガ倉庫にはどのような施設がありますか?
金森赤レンガ倉庫はどこに位置していますか?
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参考文献
- 朝日新聞 「百年企業@北海道 金森商船 赤レンガ 函館の心積んで」 2010年10月20日。
- 函館中央図書館 「はこだて人物誌 渡辺熊四郎(初代)」
- 読売新聞北海道版 「金森商船、『BAYはこだて』買収 日本郵船と合意 商業施設は継続」 2002年11月28日。