日本の元号

寛平 (日本)

日本の元号の一つである寛平(かんぴょう/かんぺい)について解説します。仁和の後、昌泰の前にあたり、889年から898年までの期間を対象としています。

📌 主なポイント

  • 寛平は日本の元号の一つで、889年から898年までの期間を指す。
  • 寛平期の天皇は宇多天皇および醍醐天皇である。
  • 寛平年間には菅原道真の建議によって遣唐使が中止された。

寛平(かんぴょう / かんぺい / かんへい、旧字体: 寛󠄁平󠄁)は、日本の元号の一つ。仁和の後、昌泰の前。889年から898年までの期間を指し、この時代の天皇は宇多天皇および醍醐天皇である。

改元

  • 仁和5年4月27日(ユリウス暦889年5月30日):改元。
  • 寛平10年4月26日(ユリウス暦898年5月20日):昌泰に改元。

寛平期に起きた主な出来事

寛平年間には、朝政や文化、対外関係において様々な歴史的出来事が発生した。

  • 桓武天皇の曾孫である高望王に平姓が与えられた(桓武平氏の祖)。
  • 寛平御時后宮歌合が催された。
  • 寛平大宝が鋳造された。
  • 太政官により、上皇家・皇族家・貴族家の使者が国司に断わりなく地方諸国に立ち入ることを禁じる太政官符が出された。
  • 『日本三代実録』の編纂が開始され、また菅原道真による『類聚国史』の撰修が行われた。
  • 新羅の賊が肥前・肥後国を襲撃した。
  • 菅原道真の建議により遣唐使が中止された。
  • 宇多天皇が『寛平御遺戒』を著した。

よくある質問

寛平の読み方は何ですか?
「かんぴょう」「かんぺい」「かんへい」などと読みます。
寛平の期間はいつからいつまでですか?
ユリウス暦で889年5月30日(仁和5年4月27日)から898年5月20日(寛平10年4月26日)までの期間です。
寛平期に即位していた天皇は誰ですか?
宇多天皇と醍醐天皇です。

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参考文献

『平安朝の事件簿 王朝びとの殺人・強盗・汚職』、2020年10月発行、繁田信一、文藝春秋、P146