暦法

干支(十干十二支)の歴史と構造

干支(十干十二支)の歴史と構造
古代中国に端を発し、東アジアの暦法や時間、方位などに広く用いられてきた干支(十干十二支)の歴史、構造、および各要素について解説します。

📌 主なポイント

  • 干支は十干と十二支を組み合わせた60を周期とする数詞である。
  • その起源は古代中国の商(殷)代にさかのぼり、甲骨文においてすでに紀日法として確認されている。
  • 日本には古墳時代から飛鳥時代にかけて暦法とともに伝来した。

干支(かんし、えと、中国語: 干支)は、十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)を組み合わせて作られる、60を周期とする数詞である。古代中国に端を発し、暦をはじめとして時間、方位、ものごとの順序づけなどに用いられてきた暦法上の重要な用語である。六十干支(ろくじっかんし)、十干十二支(じっかんじゅうにし)、天干地支(てんかんちし)とも呼ばれる。

構成と仕組み

干支は、10種類の十干と12種類の十二支の組み合わせによって成り立っている。数学的には10と12の最小公倍数である60を周期として一巡し、60回ですべての組み合わせが一通り巡ることになる。この組み合わせでは、干の陽と支の陽、あるいは干の陰と支の陰同士が必ず組み合わさる仕組みになっている。

十干と十二支の概要

十干は、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の10種類から構成される。一方、十二支は、子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の12種類から構成されている。これらは戦国時代に成立した陰陽五行説よりも古い起源を持っており、後世において陰陽五行思想と結び付けられた。

歴史的背景

干支の起源は古く、商(殷)代の中国にさかのぼる。殷墟から出土した甲骨文字には、すでに日付を表すための紀日法として多くの干支が用いられていたことが確認されている。当初は主に日を数えるために使用されていたが、時代を経るにつれて月や年、時刻、方位を表すためにも応用されるようになった。日本においては古墳時代から飛鳥時代にかけて暦法とともに伝えられ、『日本書紀』などの歴史書にも広く使用されている。

よくある質問

干支は何年で一周しますか?
干支は60年(60日など)で一周します。10種類の十干と12種類の十二支の最小公倍数が60であるためです。
干支の起源はどこですか?
古代中国の商(殷)代に起源を持ち、当時の甲骨文字にすでに日付を表す用語として登場しています。

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参考文献

国立国会図書館「日本の暦」第一章:暦の歴史 / コトバンク「干支」