カリブ海:地理・歴史・地域的特徴の概要

📌 主なポイント
- ✓カリブ海の総面積は約275万4,000平方キロメートルである。
- ✓最深部はキューバとジャマイカの間にあるケイマン海溝で、水深は7,684メートルに達する。
- ✓「カリブ」の名称は、小アンティル諸島から南アメリカにかけて居住していた先住民族のカリブ族に由来する。
- ✓17世紀以降、カリブ海域では砂糖のプランテーションが発展し、多くの黒人奴隷が労働力として動員された。
カリブ海(カリブかい、英語: Caribbean Sea、スペイン語: Mar Caribe)は、メキシコ湾の南、大西洋に隣接する海域である。南は南アメリカ大陸やパナマに、西は中央アメリカ諸国やメキシコのユカタン半島に、北は大アンティル諸島に、東は小アンティル諸島に囲まれている。
地理と範囲
カリブ海の総面積は約275万4,000平方キロメートルであり、水域内には数多くの島々が浮かぶ。最深部はキューバとジャマイカの間にあるケイマン海溝で、水深は7,684メートルに達する。北側に広がるメキシコ湾は、地理的な定義においてカリブ海には含まれない。
海域に浮かぶ島々は総称してカリブ海諸島と呼ばれ、政治的・文化的なまとまりとして「カリブ地域」を構成する。ただし、大西洋上に浮かぶバルバドスやトリニダード・トバゴ、また南アメリカ大陸北岸のギアナ三国なども、歴史的・人種的共通性から政治的にはカリブ諸国に含まれることが多い。
歴史的背景
ヨーロッパ人到達以前
ヨーロッパ人の到達以前、カリブ海域には複数の民族グループが暮らしていた。キューバ西部からイスパニョーラ島南西部にかけてはシボニー人が、大アンティル諸島には農耕民族であるアラワク人(タイノ人)が、小アンティル諸島にはカリブ人が居住していた。また、東端のユカタン半島ではマヤ文明が独自の文化と海上交易圏を築いていた。
植民地期と交易路
1492年にクリストファー・コロンブスがイスパニョーラ島に到達したことを契機に、ヨーロッパ人によるこの海域の植民地化が始まった。1494年のトルデシリャス条約により新大陸の大部分はスペイン領とされ、カリブ海はスペインの植民地を結ぶ交通の要衝となった。
1513年にバスコ・ヌーニェス・デ・バルボアが太平洋を発見し、パナマ地峡を越えるルートが確立されると、ペルー副王領などから産出される黄金や銀の積出ルートとしてカリブ海の重要性が高まった。一方で、貴金属の産出が少なく未開発だった島嶼部では、16世紀後半からイギリスやフランスなどの私掠船や海賊が活動するようになった。17世紀中盤以降はサトウキビの栽培と砂糖生産が経済の基盤となり、アフリカ大陸から多くの黒人奴隷が連行されて大規模なプランテーションが築かれた。
独立と近代以降の動向
18世紀末、フランス領サン・ドマングでハイチ革命が勃発し、1804年にハイチが独立を達成した。19世紀前半にはヨーロッパ諸国で奴隷制度への反感が高まり、イギリスが1833年に奴隷解放法を施行したことで小アンティル諸島の砂糖生産は打撃を受けた。一方でキューバでは砂糖生産が発展し、1860年代以降は世界最大の砂糖生産国となった。
19世紀末からはアメリカ合衆国の影響力が強まり、米西戦争を経てプエルトリコを獲得し、キューバを保護国とした。さらに大西洋と太平洋を結ぶパナマ運河の建設が進められるなど、戦略的・経済的な重要性が維持されている。
よくある質問
カリブ海の総面積はどのくらいですか?
カリブ海で最も深い場所はどこですか?
「カリブ」という名称の由来は何ですか?
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参考文献
- The Caribbean Sea - World Wildlife Fund
- 「現代用語の基礎知識」特別編集 国際情勢ベーシックシリーズ9 ラテンアメリカ 自由国民社 2005年
- 「略奪の海カリブ」増田義郎 岩波書店 1989年
- 「ラテンアメリカを知る事典」平凡社 1999年