富山県の二級河川:片貝川の地理と歴史的変遷

📌 主なポイント
- ✓片貝川は富山県魚津市を主に流れる延長27kmの二級河川である。
- ✓水源は毛勝三山の猫又山であり、日本屈指の急流河川の一つとして知られている。
- ✓歴史的に幾度も洪水を起こし、14世紀の洪水を経て現在の流路となった。
- ✓上流部では過去に片貝川ダムの建設計画が進められていたが、1997年に休工となり着工には至らなかった。

片貝川(かたかいがわ)は、富山県を流れる二級河川であり、片貝川水系の本流である。主に魚津市内を流れ、水力発電や灌漑、上水道などに利用されている。名前の由来は「片峡」、すなわち片側だけの峡谷という意味に由来するといわれている。

地理
富山県魚津市の南東に位置する毛勝三山の猫又山に源を発する。東又谷、南又谷、別又谷などの水を集めて北西方向へ流れ、下流部で布施川と合流して富山湾へ注ぐ。河口部は左岸が魚津市経田、右岸が黒部市石田付近となっており、両市の境界をなしている。

水源となる2,000m級の山々からわずか27kmほどの延長で海に流れ込む、日本屈指の急流の一つとして数えられる。富山県の七大河川の一つにも数えられており、魚津市平沢および三ヶの地内には片貝県定公園が指定されている。

歴史と流路の変遷
万葉集の巻十七(4002番)には、天平20年(748年)に大伴家持によって詠まれた「片貝の 川の瀬清く 行く水の 絶ゆることなく あり通ひ見む」という歌が残されており、古くからその名が知られていた。
流路は歴史的に洪水のたび大きく変わり、本江村(現在の魚津市本江)より北に進んで経田村の海へ注いでいた時期もあった。1327年(嘉暦2年)5月には、山崩れを伴う激しい豪雨により自然堤防であった天神野台地の裾野が削られ、洪水が布施の低地へ流れ込むなどして流路が大きく東側へと変化した。現在の流路となったのは、1328年(嘉暦3年)に発生した大洪水によって、それまで独立していた布施川と河口付近で合流するようになってからである。

また、かつて上流部では片貝川総合開発計画の一環として県営の「片貝川ダム」の建設計画が存在した。1979年(昭和54年)から予備調査が始まり、1986年(昭和61年)に事業採択されて実施計画調査が進められていたが、1997年8月までに建設省(現・国土交通省)が財政難などを理由に休工を発表し、最終的に着工には至らなかった。

河川施設・発電所
水利用の面では黒谷頭首工などが整備されているほか、急流を活かした水力発電所が複数稼働している。北陸電力による片貝谷水力発電所および第一から第五までの水力発電所が設置されている。