技術・産業

家庭用電気機械器具の概要と歴史的変遷

行政用語である家庭用電気機械器具(家電機器)の歴史、日本や中国における産業の発展、および流通構造の変化について解説します。

📌 主なポイント

  • 「家庭用電気機械器具」は日本の法令や行政文書で用いられる行政用語である。
  • 20世紀初頭から電気掃除機や洗濯機などが発明され、第二次世界大戦後に性能の改良が進んだ。
  • 日本では1950年代以降、メーカー系列の小売店網や、その後の大型家電量販店の台頭によって普及が進んだ。

家庭用電気機械器具(かていようでんききかいきぐ)は、家庭用の電気機械器具を指すために日本の諸法令や行政文書などで用いられる行政用語である。一般的な日本語では家電機器家電製品、あるいは略して家電などと呼ばれることが多い。

行政用語としての位置づけ

日本の法令や行政発行の文書では、白物家電、照明器具、冷暖房器具、娯楽家電などを包括する概念として「家庭用電気機械器具」の用語が使用されている。また、関連する法制度として電気用品安全法(PSE法)などが挙げられる。

歴史的発展

家庭用の電気製品は20世紀初頭に革新期を迎えた。1908年に電気掃除機が発明され、1920年代から1930年代にかけて電気洗濯機や電気冷蔵庫などが発明された。さらに1930年代には蛍光灯の販売が開始されるなど、基礎的な家電製品が出揃い始めた。

初期の段階では、製品の価格が非常に高く、電気に対して恐怖心を持つ人々も少なくなかった。初期の製品は性能も不安定であり、例えば初期の電気洗濯機では故障や感電が多発するなど実用上の難があったため、普及は資金と電気の知識を持つ中産階級の家庭に限られていた。第二次世界大戦後は、故障を減らし操作性を向上させるための改良型革新が進んだ。

日本の家電産業と流通の変遷

日本国内における家電製品の普及は、1950年代以降にメーカー系販売網(ナショナルショップや日立チェーンストールなど)が組織化されたことが大きな足がかりとなった。1970年代以降はスーパーマーケットや独立系の大型家電量販店が台頭し、流通構造が大きく変化した。

製造面においては、1950年代から製造量が飛躍的に伸び、1960年代以降は主要な輸出品目となった。しかし、1980年代中ごろからの円高により日本製品の競争力が低下し、アジア諸国のメーカーが台頭するようになった。1990年代以降は海外での生産や部品調達が主流となり、日本の大手メーカーは事業の再編や撤退を余儀なくされるなど、市場環境が大きく変化していった。

中国における家電産業の発展

中国においては、第二次世界大戦後の経済政策が重化学工業化に重点を置いていたため、消費財である家電産業の立ち遅れが見られた。1960年代には白黒テレビの生産が行われていたものの、1970年代末に至ってもカラーテレビの生産台数は極めて少なかった。

1978年の改革開放路線以降、国民生活の向上に資する消費財生産への転換が図られ、政府による輸入代替化の推進や外国投資の誘致が行われた。1990年代中頃までに外国企業による直接投資が進む一方で供給過剰や激しい競争が生じ、中国の有力企業が台頭して市場の寡占化が進展した。

よくある質問

家庭用電気機械器具とは何ですか?
家庭用の電気機械器具を指す行政用語であり、一般には家電機器や家電製品と呼ばれるものの総称です。
初期の家電製品がすぐに普及しなかったのはなぜですか?
価格が非常に高かったことに加え、電気に対する恐怖心や初期製品の性能の不安定さ、故障の多さなどが普及の壁となっていました。
中国の家電産業はどのように発展しましたか?
1978年の改革開放路線以降、消費財生産への転換や輸入代替化の推進、外国からの技術・設備導入を経て発展し、1990年代中頃以降は中国の有力企業による市場の寡占化が進みました。

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参考文献

  • 割賦販売法施行令(昭和三十六年政令第三百四十一号) - e-Gov法令検索
  • 特定商取引に関する法律施行令(昭和五十一年政令第二百九十五号) - e-Gov法令検索
  • 田中辰雄『モジュール化の終焉 - 統合への回帰』2009年。
  • 天野倫文「中国家電産業の発展と日本企業」開発金融研究所報。