歌謡曲:日本のポピュラー音楽の歴史と変遷
📌 主なポイント
- ✓歌謡曲は、作詞・作曲・編曲の分業システムによって制作される日本のポピュラー音楽の総称である。
- ✓1933年にNHKが「流行歌」の代わりとして放送で使用したことで、名称が一般に普及した。
- ✓1970年代にはシンガーソングライターの台頭により、既存の歌謡曲との対立構造が生まれたが、後にJ-POPへと発展・融合した。
歌謡曲(かようきょく)は、日本のポピュラー音楽および流行歌を指す広義のジャンルです。作詞家、作曲家、編曲家が分業で楽曲を制作し、歌手が歌唱するスタイルが確立された昭和期を中心に発展しました。特に昭和時代に発表された楽曲群は「昭和歌謡」とも呼ばれ、現在でも多くの支持を集めています。
定義と歴史的背景
「歌謡曲」という言葉は、明治期に西洋の芸術歌曲を指す言葉として使われ始めました。その後、1933年(昭和8年)にNHKが「流行歌」という呼称を避け、大衆音楽を放送する際の名称として「歌謡曲」を採用したことで、一般に普及しました。当時、「流行歌」は低俗なものと見なされる傾向があり、公共放送としてより適切な名称が求められたという背景があります。
昭和歌謡の発展
1930年代の都市化とともに「東京行進曲」のような都会賛美調の楽曲が流行し、戦時中には「国民歌謡」として統制を受けました。戦後、ラジオ歌謡を経て、1960年代から1980年代にかけて、アイドル歌謡、ムード歌謡、フォークソング、ニューミュージックなど、多様なサブジャンルが歌謡曲の枠組みの中で発展しました。
歌謡曲とニューミュージックの対立と融合
1970年代に入ると、吉田拓郎をはじめとするシンガーソングライターたちが、職業作家による分業体制で作られる既存の歌謡曲に対して対立姿勢を見せました。彼らは自作自演のスタイルを確立し、レコード会社設立などの権利ビジネスにも関与しました。しかし、時代が進むにつれて歌謡曲とニューミュージックの境界は曖昧になり、やがて「J-POP」という呼称へと昇華されていきました。
現代における歌謡曲
「歌謡曲」の範囲は論者によって異なりますが、昭和期にリリースされた日本のポピュラー音楽全般を指すことが多いです。令和世代においては、昭和歌謡とJ-POPの境界は意識されにくくなっており、その情緒的な魅力が再評価されています。
よくある質問
歌謡曲とJ-POPの違いは何ですか?
昭和歌謡とは何ですか?
演歌は歌謡曲に含まれますか?
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参考文献
- 菊池清麿「特集2. 日本の大衆音楽 (終)」東芝, 2009年.
- なかにし礼『歌謡曲から昭和歌謡へ』, 2011年.
- スージー鈴木『1984年の歌謡曲』, 2017年.
- 太田省一「ユーミンも尾崎も「歌謡曲」? 令和世代をひきつける昭和歌謡とは」朝日新聞デジタル, 2023年.