形而上学の歴史的展開と哲学における位置づけ

📌 主なポイント
- ✓形而上学は、感覚や経験を超越した世界の普遍的原理や存在の性質を考察する哲学の一分野である。
- ✓用語の起源は、アリストテレスの『形而上学』が自然学の後ろに配置されたことに由来する。
- ✓日本語の「形而上学」という訳語は、『易経』の記述をもとに明治時代に井上哲次郎が使用して広まった。
- ✓カントは、理性の限界を示したことで理論的形而上学を批判し、近代の哲学の重心は認識論へと移った。
形而上学(けいじじょうがく、英: metaphysics)とは、感覚や経験を超え出でた世界を真実在とし、その世界の普遍的な原理について理性的な思惟で認識しようとする哲学の一分野である。世界の根本的な成り立ちの理由や、物・人間の存在の理由や意味など、感覚を超越した領域を考察対象とする。
語源と歴史的起源
形而上学という学問的伝統は、古代ギリシアの哲学者アリストテレスの著作に起源を持つ。アリストテレスは、個々の具体的な存在者の原因を解明する自然哲学(第二哲学)に対し、存在全般の究極的な原因である普遍的な原理を解明する学問を「第一哲学」と呼んだ。彼の死後、その著作群を整理したアンリコニコスらが『自然学』(タ・ピュシカ)の背後に置かれた書物群を『タ・メタ・タ・ピュシカ』(自然学の後にある書)と呼んだことが、「メトフィジックス(metaphysics)」の語源となった。
日本語の「形而上学」という訳語は、中国の『易経』繋辞上伝にある「形而上者謂之道 形而下者謂之器」という記述にちなみ、明治時代に井上哲次郎が用いたことで定着した。
中世から近代における変遷
中世のスコラ学においては、創造者たる万物の根源である神の存在証明を前提としつつ、存在や普遍、自由意思といった形而上学的問題が議論された。近代に入ると、ルネ・デカルトは思索する人間の精神に存在証明の論拠を求め、従来の形而上学の基礎付け直しを図った。
しかし、大陸合理論や経験論を経て、イマヌエル・カントはその著書『プロレゴメナ』などにおいて、理性の限界を示し、理論的な学問としての従来の形而上学を「独断論」として批判した。これにより、哲学の中心的なテーマは認識論へと移行していくことになった。
現代の形而上学
20世紀前半の論理実証主義(ウィーン学団など)の立場からは、形而上学の命題は経験的にも論理的にも検証できないとして激しい批判にさらされた。しかし、1970年代以降になると、様相論理学やメレオロジーといった形式的体系の成功を背景に、様相、因果性、時間と空間、自由意志などの主題を扱う「分析的形而上学」が発展を見せている。
よくある質問
形而上学とはどのような学問ですか?
「形而上学」という言葉の語源は何ですか?
現代の形而上学ではどのようなことが扱われますか?
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参考文献
- 粟田賢三、古在由重 編「形而上学」『岩波哲学小事典』1979年。
- 牧田英二「中国語・日本語の漢字をめぐって―中国語のなかに移入された外来語としての日本語―」『講座日本語教育』10号、1971年。