歴史的行政区画
日本統治時代の京城府の歴史と行政

日本統治時代の朝鮮における行政区域「京城府」の歴史、行政区画の変遷、歴代の府尹、および当時の主要建築物について解説します。
📌 主なポイント
- ✓京城府は、大韓帝国の漢城府を引き継ぎ、日本統治時代の朝鮮に置かれた行政区域である。
- ✓1910年の韓国併合後に京城府へと改称され、京畿道の下に置かれた。
- ✓1936年には周辺地域の編入により府域が約4倍に拡大された。
- ✓1945年の敗戦後、連合軍軍政期を経てソウル特別市へと移行した。
京城府(けいじょうふ、キョンソンブ)は、大韓帝国(旧・李氏朝鮮)の漢城府を引き継いで置かれた日本領朝鮮の行政区域であり、現在の韓国・ソウル特別市にあたる地域です。


歴史的背景と名称の変遷
高麗時代に南京の建設が始まり、のちに王都の一つとして漢陽府と称されました。続く李氏朝鮮では開城と漢城の二都体制が継承され、約500年にわたり首都として機能しました。1910年(明治43年)の韓国併合後、同年9月30日に施行された朝鮮総督府地方官官制に基づき「京城府」に改称され、京畿道の下に置かれました。

行政区画の変遷
当初は漢城府の五部を引き継ぎましたが、1914年には大規模な行政区画の改編が行われました。その後、都市化の進行に伴い1936年には周辺の郡の一部を編入して府域を約4倍に拡大し、1943年には人口増加によって区制が導入されて複数の区が設置されました。


主要な建築物と都市景観
京城府内には朝鮮総督府をはじめとする統治機関の庁舎や、金融機関、百貨店などが建てられ、近代的な都市景観が形成されました。






よくある質問
京城府は現在のどの地域にあたりますか?
現在の韓国の首都であるソウル特別市にあたります。
京城府という名称はいつからいつまで使われましたか?
1910年の韓国併合後に設置され、1945年の日本敗戦後もしばらく使用されたのち、のちにソウルへと改称されました。
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参考文献
砂本文彦『図説 ソウルの歴史 漢城・京城・ソウル 都市と建築の六〇〇年』河出書房新社、2009年。
黒田勝弘「<随筆>◇漢城、京城、セソウル?◇」東洋経済日報、2004年。
黒田勝弘「<随筆>◇漢城、京城、セソウル?◇」東洋経済日報、2004年。