日本の祝日・行事

日本の国民の祝日「建国記念の日」の歴史と成立過程

日本の国民の祝日「建国記念の日」の歴史と成立過程
日本の国民の祝日の一つである「建国記念の日」の法律上の位置づけ、2月11日に定められた経緯、および戦前の紀元節からの歴史について解説します。

📌 主なポイント

  • 建国記念の日は、日本の国民の祝日の一つであり、趣旨は「建国をしのび、国を愛する心を養うこと」とされている。
  • 祝日法の中で唯一、具体的な日付ではなく政令で定める日と規定されている。
  • 日付の2月11日は、戦前の「紀元節」と同じ日であり、神武天皇の即位日とされる日に基づいている。
  • 1966年の祝日法改正と建国記念日審議会の答申を経て、1967年から施行された。

建国記念の日(けんこくきねんのひ)は、日本の国民の祝日の一つである。「国民の祝日に関する法律」(昭和23年法律第178号、以下「祝日法」)第2条において、その趣旨は「建国をしのび、国を愛する心を養う。」と規定されている。

日本の旗
日本の旗

他の多くの国民の祝日が祝日法に直接日付を定めているのに対し、建国記念の日のみが「政令で定める日」と規定されている。1966年(昭和41年)の祝日法改正に伴い、当時の佐藤内閣によって「建国記念の日は、二月十一日とする」とする政令が定められ、翌1967年(昭和42年)から適用された。

1940年頃の紀元節
1940年頃の紀元節

日付の2月11日は、『日本書紀』において初代天皇とされる神武天皇が即位したとされる日(旧暦1月1日)を、明治時代にグレゴリオ暦に換算して推定されたものである。戦前には同日が「紀元節」という祝祭日であったが、第二次世界大戦後の1948年(昭和23年)に一旦廃止された経緯を持つ。

制定までの経緯と国会審議

戦後、紀元節の復活を求める動きは1951年頃から見られ、保守系議員による法案提出が繰り返された。しかし、政野間の対立や激しい議論により廃案が相次ぎ、日付をめぐっても各党から異なる提案がなされた。

奉祝神輿
東京の建国記念の日・奉祝神輿(2016年2月11日)

最終的に、名称に「の」を挿入した「建国記念の日」として法案がまとまり、有識者による「建国記念日審議会」の答申を尊重する形で2月11日に決定された。神社本庁や各種保守系団体が制定運動において主要な役割を果たした一方で、反対運動も存在した。

式典と行事

東京で建国記念の日(2019年2月11日)
東京で建国記念の日(2019年2月11日)

皇室においては、宮中三殿にて天皇による「三殿御拝」が行われるほか、神武天皇を祀る橿原神宮などに勅使が派遣される。また、各地の神社仏閣で祭典が執り行われ、東京の明治神宮周辺などでは奉祝パレードや中央式典などの行事が開催されている。海上自衛隊においては、自衛艦での満艦飾が実施される。

よくある質問

建国記念の日はいつですか?
毎年2月11日です。
建国記念の日はどのようにして日付が決まりましたか?
1966年の祝日法改正に基づき総理府に設置された「建国記念日審議会」の答申を尊重し、政令によって2月11日に定められました。
戦前の「紀元節」との関係は何ですか?
戦前に祝日であった「紀元節」は敗戦後に一度廃止されましたが、その後祝日法改正と政令により、同じ2月11日が「建国記念の日」として事実上復活しました。

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参考文献

  • 日本大百科全書(ニッポニカ)「紀元節」コトバンク
  • 内閣府「各『国民の祝日』について」
  • 国会会議録検索システム