日本の元号
建久(日本の元号)
日本の元号の一つである建久(1190年〜1199年)の歴史、由来、および源頼朝による鎌倉幕府の成立や主な出来事について解説します。
📌 主なポイント
- ✓建久は文治の後、正治の前の元号であり、1190年から1199年までの期間を指す。
- ✓元号の出典は『晋書』および『呉書』の記述に基づいている。
- ✓建久元年(1190年)に源頼朝が征夷大将軍となり鎌倉幕府を開いた。
建久(けんきゅう、旧字体:建󠄁久)は、日本の元号の一つ。文治の後、正治の前で、1190年から1199年までの期間を指す。この時代の天皇は後鳥羽天皇および土御門天皇。
改元と由来
文治6年4月11日(ユリウス暦1190年5月16日)に三合により改元された。元号の出典は、中国の歴史書である『晋書』の「建久安於万歳、垂長世於元窮」および『呉書』の「安国和民、建久長之計」に基づくもので、勧進者は文章博士の藤原光輔が務めた。
なお、一つ前の文治への改元の際にも「建久」が候補となりほぼ決定されていたが、当時の摂政であった近衛基通が「近日武を以て天下を平げらる、『文』を以て『治』むるは宜しきに似るか」と主張したため、「文治」の号が採用された経緯がある。当時は平氏が源義経によって滅亡して間もない時期であった。
建久期の主な出来事
よくある質問
建久とはどの時代の元号ですか?
日本の平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての元号で、1190年から1199年までの期間を指します。
建久の由来は何ですか?
中国の歴史書である『晋書』および『呉書』の一節に由来しています。
建久期にはどのような重大な出来事がありましたか?
源頼朝による征夷大将軍の任官と鎌倉幕府の本格的な展開、後白河法皇の崩御、曾我兄弟の仇討ち、源頼朝の薨去などが挙げられます。
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参考文献
中山忠親『山槐記』。