日本の元号
建仁 (元号)
建仁(けんにん)は、日本の元号の一つで、1201年から1204年までの期間を指します。鎌倉時代初期の歴史的背景や主な出来事について解説します。
📌 主なポイント
- ✓建仁は1201年から1204年まで使用された日本の元号である。
- ✓出典は『文選』の「聖主得賢臣頌」である。
- ✓この期間に鎌倉幕府の第2代将軍・源頼家と第3代将軍・源実朝の交代があった。
- ✓1201年に栄西によって建仁寺が創建された。
建仁(けんにん)は、日本の元号の一つ。正治の後、元久の前にあたり、1201年から1204年までの期間を指す。この時代の天皇は土御門天皇であり、後鳥羽上皇による院政が行われていた。
改元
正治3年2月13日(ユリウス暦1201年3月19日)、辛酉革命に当たるため改元が行われた。その後、建仁4年2月20日(ユリウス暦1204年3月23日)に元久へ改元された。
出典
出典は『文選』巻四十七の「聖主得賢臣頌」にある「夫竭智附賢者、必建仁策、索人求士者、必樹伯跡」という一節から採用された。
建仁期の主な出来事
建仁期は鎌倉幕府の権力構造が大きく変動した時期にあたる。
- 1201年(建仁元年):栄西により京都に建仁寺が創建され、臨済宗が広められた。また、源頼家が鎌倉幕府の第2代将軍に就任した。
- 1202年(建仁二年):千五百番歌合が成立した。
- 1203年(建仁三年):北条時政が初代執権に就任。同年9月7日、源実朝が12歳で鎌倉幕府の第3代将軍に就任した。
- 1204年(建仁四年):この年の2月に元久へ改元された。
また、自然災害としては1201年(建仁元年)8月に大型台風による暴風雨が発生し、関東地方(下総国葛西郡など)で高潮による甚大な被害が記録されている。
よくある質問
建仁という元号はいつからいつまでですか?
1201年から1204年までの期間です。
建仁の元号の由来は何ですか?
『文選』巻四十七の「聖主得賢臣頌」にある一節から採用されました。
建仁期に鎌倉幕府で起きた重要な出来事は?
源頼家の将軍就任、北条時政の初代執権就任、および源実朝の第3代将軍就任が挙げられます。
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参考文献
『文選』巻四十七・聖主得賢臣頌