歴史
朝鮮総督府の憲兵警察制度における歴史と組織

朝鮮総督府が韓国併合後に採用した憲兵警察制度の概要、地域分担、兵力構成、および三・一独立運動後の廃止までの歴史について解説します。
📌 主なポイント
- ✓朝鮮総督府が採用した、陸軍憲兵が一般警察業務をも兼ねる制度である。
- ✓一般警察は鉄道沿線や都市部を担当し、憲兵は国境や軍事要衝などを担当した。
- ✓韓国併合年の総員7,712名のうち、憲兵警察関係者は2,019名であった。
- ✓1919年の三・一独立運動後の批判や武断統治見直しに伴い、まもなく廃止された。
憲兵警察制度(けんぺいけいさつせいど)とは、日本統治時代の朝鮮において朝鮮総督府が採用した警察制度である。陸軍の憲兵が通常の行政警察業務をも兼ねる特殊な形態をとった。
概要と導入の背景
ヨーロッパの国家憲兵制度を参考にして創設された。当時の朝鮮においては独立運動の武装蜂起などが続いており、通常の一般警察組織のみでは治安維持が困難であるという判断から、軍事組織である憲兵が警察権を行使する体制が敷かれた。

地域分担
一般警察と憲兵が同一の地域に完全に混在していたわけではなく、フランスの国家憲兵隊(ジャンダルムリ)のようにそれぞれ担当する地域が定められていた。おおむね以下の通りに役割が分担されていた。
- 一般警察:鉄道沿線、港湾、都市部などの主要地域
- 憲兵:軍事上の要衝、国境地帯、および一般警察の組織が十分に整備されていない地域
人員構成
韓国併合が行われた年においては、憲兵警察と一般警察を合わせた総員は7,712名であり、そのうち朝鮮人は4,440名であった。内訳として「憲兵警察」に属する人員は2,019名であり、その中には憲兵補助員として従事した朝鮮人1,012名が含まれていた。
制度の廃止
1919年(大正8年)に発生した三・一独立運動の後、朝鮮総督府によるいわゆる「武断統治」に対する批判が内外で高まった。また、日本の通常の警察制度としては異例の形態であったこともあり、制度はまもなく廃止されることとなった。
よくある質問
憲兵警察制度とは何ですか?
日本統治時代の朝鮮において、陸軍の憲兵が一般の警察業務を兼務した朝鮮総督府の制度です。
一般警察と憲兵の担当地域はどう分かれていましたか?
一般警察は鉄道沿線、港、都市部を担当し、憲兵は軍事上の要衝や国境、一般警察が未整備の地域を担当しました。
なぜこの制度は廃止されたのですか?
1919年の三・一独立運動以降、総督府の武断統治に対する批判が高まったことや、異例の警察形態であったことから廃止されました。
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参考文献
水田直昌監修『統監府時代の財政』122頁