日本の元号
建暦:鎌倉時代の元号(1211年-1213年)
建暦(けんりゃく)は、日本の元号の一つ。1211年から1213年までの期間を指し、順徳天皇の代始や鎌倉幕府の動乱期と重なる時代です。
📌 主なポイント
- ✓建暦は1211年から1213年まで使用された日本の元号である。
- ✓順徳天皇の代始により改元され、後鳥羽上皇の院政期にあたる。
- ✓この期間中に鴨長明の『方丈記』や源実朝の『金槐和歌集』が成立した。
- ✓建暦3年には和田合戦が発生し、鎌倉幕府の権力基盤が揺れ動いた。
建暦(けんりゃく)は、日本の元号の一つ。承元の後、建保の前にあたり、1211年から1213年までの期間を指す。この時代の天皇は順徳天皇であり、後鳥羽上皇による院政が行われていた。
改元
承元5年3月9日(ユリウス暦1211年4月23日)、順徳天皇の即位に伴う代始改元として制定された。その後、建暦3年12月6日(ユリウス暦1214年1月18日)に建保へと改元された。
出典
元号の出典は『後漢書』の「建暦之本必先立レ元、元正然後定日比定」という記述に基づいている。
建暦期におきた主な出来事
建暦年間には、文学や宗教、政治の面で重要な出来事が記録されている。
- 建暦2年(1212年):浄土宗の開祖である法然(源空)が、弟子の源智に遺言状『一枚起請文』を授け、その直後に死去した。また、鴨長明による随筆『方丈記』がこの時期に成立したとされる。
- 建暦3年(1213年):鎌倉において大規模な地震が発生し、舎屋の破壊や山崩れが記録された。同年5月には、北条氏と三浦一族の対立を背景とした和田義盛による叛乱「和田合戦」が発生した。また、源実朝の歌集である『金槐和歌集』が成立した。
よくある質問
建暦はいつからいつまでの元号ですか?
1211年から1213年までの期間です。
建暦の出典は何ですか?
中国の歴史書である『後漢書』の記述に基づいています。
建暦期に成立した文学作品には何がありますか?
鴨長明の『方丈記』や、源実朝の『金槐和歌集』がこの時期に成立しました。
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参考文献
『後漢書』、日本古典文学大系、および各時代の公的記録に基づく。