歴史

イタリア王国(1861年-1946年)の歴史と概要

イタリア王国(1861年-1946年)の歴史と概要
1861年のイタリア統一運動から1946年の共和制移行まで存在したイタリア王国の歴史、領域の変遷、ファシズム体制、第二次世界大戦への参戦と終結について解説します。

📌 主なポイント

  • イタリア王国は1861年3月17日に成立し、1946年6月2日まで存続した。
  • 初代国王にはサルデーニャ国王であったヴィットーリオ・エマヌエーレ2世が即位した。
  • 1922年から1943年まで、ベニート・ムッソリーニ率いるファシスト党による政権が置かれた。
  • 1946年の国民投票により王制が廃止され、現在のイタリア共和国へと移行した。

イタリア王国(イタリア語: Regno d'Italia)は、1861年のイタリア統一運動(リソルジメント)を経て成立し、1946年の国民投票による共和制への移行まで存続した、現在のイタリア共和国の前身となる王国である。

建国の背景と成立

イタリア半島は長きにわたり外国の強い影響下で小国に分裂していたが、1848年革命以降、統一国家の樹立を目指す気運が高まった。サヴォイア家が統治するサルデーニャ王国が中心となり、フランスの支援を受けてオーストリア帝国を破り、北イタリアを統一した。その後、ジュゼッペ・ガリバルディによる南イタリアの平定や教皇領の併合が進み、1861年3月17日にヴィットーリオ・エマヌエーレ2世がイタリア国王に即位して王国が成立した。

領土の拡大と植民地支配

成立後も王国は未回収のイタリアと呼ばれる地域の併合を目指した。1866年の普墺戦争に伴うヴェネト地方の併合や、第一次世界大戦を経て南チロルなどを獲得した。また、アフリカ大陸などへの進出も積極的に行い、エリトリアやイタリア領ソマリランド、リビアなどを植民地として獲得し、勢力拡大を図った。

ファシズム体制と第二次世界大戦

第一次世界大戦後の混乱と社会不安の中、1922年10月にベニート・ムッソリーニ率いるファシスト党がローマ進軍によって権力を掌握した。ファシスト体制下で国家の統制が強まり、1936年には第二次エチオピア戦争を経てエチオピアを占領した。第二次世界大戦では枢軸国側として参戦し、北アフリカやバルカン半島などに侵攻したものの、戦局の悪化に伴い連合国軍の反攻を受けた。1943年7月にムッソリーニが失脚し、ピエトロ・バドリオ政権が連合国と休戦協定を結んだことで国内はドイツ軍と連合国軍の最前線となった。

王制の廃止と終焉

第二次世界大戦の終結後、1946年6月2日に国民投票が実施され、王制の廃止と共和制への移行が決定された。これによりサヴォイア家による統治は終わりを告げ、現在のイタリア共和国が誕生した。

よくある質問

イタリア王国はいつ成立しましたか?
1861年3月17日に成立しました。
イタリア王国の初代国王は誰ですか?
サルデーニャ国王であったヴィットーリオ・エマヌエーレ2世が初代国王となりました。
イタリア王国はどのようにして終焉を迎えましたか?
第二次世界大戦後の1946年6月2日に行われた国民投票によって王制の廃止が決定され、共和制へ移行しました。

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参考文献

  • 国立国会図書館データベースおよび各種歴史資料に基づく。
  • 岩波書店編集部 編『近代日本総合年表 第四版』岩波書店、2001年。