暦・干支
乙未(きのとひつじ)とは:干支の解説と歴史的背景
乙未(きのとひつじ)は、十干と十二支を組み合わせた干支の第32番目です。陰陽五行説における性質や、歴史的な出来事である乙未事変や乙未戦争について解説します。
📌 主なポイント
- ✓乙未は干支の第32番目の組み合わせである。
- ✓陰陽五行説では、乙(陰の木)と未(陰の土)の相剋関係にある。
- ✓西暦年を60で割って35が余る年が乙未の年である。
- ✓1895年は乙未の年であり、乙未事変や乙未戦争が発生した。
乙未(きのとひつじ)は、十干(じっかん)と十二支(じゅうにし)を組み合わせた60種類からなる干支(かんし)の第32番目の組み合わせです。読み方は「きのとひつじ」が一般的ですが、十干の「乙」を音読みした「いつび」と呼ぶこともあります。
陰陽五行説における性質
陰陽五行説に基づくと、十干の「乙」は「陰の木(きのと)」、十二支の「未」は「陰の土(つちのと)」に分類されます。これらは相剋(そうこく)の関係にあり、木が土を剋す(養分を奪う)組み合わせとされています。
乙未の年
西暦年を60で割った際に35が余る年が乙未の年となります。直近では2015年が乙未の年に該当し、次は2075年となります。
歴史的な出来事
乙未の年には、歴史的に重要な出来事が記録されています。特に1895年(明治28年)は、東アジア情勢において重要な転換点となりました。
- 乙未事変:1895年10月8日に朝鮮王宮で閔妃が殺害された事件。
- 乙未戦争:1895年に日本による台湾領有に反対する台湾住民と日本軍との間で発生した一連の戦闘。
暦における乙未
干支は年だけでなく、月や日の計算にも用いられます。
- 乙未の月:十干が「辛」または「丙」となる年の6月が乙未の月となります。ただし、これは旧暦や節月(二十四節気に基づく月)の定義によって異なります。
- 乙未の日:選日(せんじつ)の一つである「天一天上(てんいちてんじょう)」の期間中、3日目に当たる日が乙未の日です。
よくある質問
乙未の読み方は?
一般的には「きのとひつじ」と読みます。十干の「乙」を音読みして「いつび」と呼ぶこともあります。
乙未の年はいつ巡ってきますか?
西暦年を60で割って35が余る年が乙未の年です。直近では2015年、次は2075年となります。
乙未事変とは何ですか?
1895年(明治28年)10月8日に、朝鮮王宮において閔妃(明成皇后)が殺害された事件を指します。
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参考文献
- 日本暦学会『暦の基礎知識』
- 国立国会図書館『日本史年表』