暦法・干支

乙巳(きのとみ)とは?干支の仕組みと歴史的出来事の解説

干支(えと)の組み合わせの42番目である乙巳(きのとみ)について、陰陽五行説における性質、該当する年、歴史的な大化の改新(乙巳の変)などの出来事を詳しく解説します。

📌 主なポイント

  • 乙巳は干支(十干十二支)の組み合わせにおける第42番目の要素である。
  • 十干の「乙」は陰の木、十二支の「巳」は陰の火を表し、五行では相生の関係にある。
  • 西暦年を60で割って45が余る年が乙巳の年となる(例:1965年、2025年)。
  • 645年の乙巳の変(蘇我氏の討伐)や、1905年の第二次日韓協約(乙巳保護条約)などの歴史的出来事があった。

乙巳(きのとみ / おつぼくのみ / いっし)は、日本の伝統的な数え方である干支(十干十二支)の組み合わせの第42番目にあたる要素です。直前の干支は甲辰(きのえたつ)、次の干支は丙午(ひのうま)となります。

陰陽五行における性質

干支の組み合わせにおいて、十干の「乙(きのと)」は陰の木(木気)、十二支の「巳(み)」は陰の火(火気)を象徴しています。五行思想においては、木が燃えて火を生じる関係である相生(木生火)にあたり、木と火の気が調和する組み合わせとされています。

乙巳の年

西暦年を60で割った余りが45になる年が、乙巳の年に該当します。近年では1965年、直近では2025年が乙巳の年にあたり、今後は2085年などが訪れます。

主な歴史的出来事

日本の歴史や国際関係において、乙巳の年は重要な転換点となった事件が記録されています。

  • 645年(大化元年):中大兄皇子や中臣鎌足らが蘇我入鹿らを討ち、蘇我氏の本宗家を滅ぼした政変は、元号をとらずにその年の干支から乙巳の変と呼ばれます。この政変を契機として大化の改新が始まりました。
  • 1905年:大韓帝国と大日本帝国との間で第二次日韓協約が締結されました。韓国側では、この年の干支にちなんで乙巳保護条約と称されています。

乙巳の月と日

暦法において、西暦年の下1桁が2または7の年の旧暦4月、または節月における立夏から芒種の前日までの期間が乙巳の月にあたります。また、選日においては、天一天上の期間の13日目に該当します。

よくある質問

乙巳の読み方は何ですか?
主に「きのとみ」と読みますが、「おつぼくのみ」や「いっし」と読まれることもあります。
直近の乙巳の年はいつですか?
直近の乙巳の年は2025年です。その前は1965年でした。
乙巳の変とは何ですか?
645年に中大兄皇子や中臣鎌足らが蘇我氏の本宗家を滅ぼしたクーデターのことで、日本の古代における大化の改新の端緒となった事件です。

関連記事

干支甲辰丙午乙巳の変十干十二支

参考文献

日本国語大辞典や暦法に関する一般的な歴史的資料に基づき構成されています。