日本の法令

貴族院令の概要と歴史的意義

貴族院令の概要と歴史的意義
大日本帝国憲法下で貴族院の構成や議員資格を定めた「貴族院令」について、その制定背景、法的性質、および戦前の日本政治における役割を解説します。

📌 主なポイント

  • 貴族院令は1889年(明治22年)に公布された勅令である。
  • 貴族院議員は皇族、華族、勅任議員の3類型で構成されていた。
  • 本令の改正には貴族院の議決が必要であり、政府の直接的なコントロールを受けにくい独立性を有していた。
  • 1947年の日本国憲法施行に伴い廃止された。

貴族院令(明治22年勅令第11号)は、大日本帝国憲法下における帝国議会の上院である「貴族院」の組織、議員の資格、およびその権限を定めた勅令です。1889年(明治22年)2月11日に公布され、戦前の日本における二院制議会の重要な構成要素として機能しました。

日本国政府国章(準)
日本国政府国章(準)

制定の背景と法的性質

大日本帝国憲法第34条は、貴族院の構成員を皇族、華族、および勅任された者と定め、その詳細は「貴族院令」に委ねました。起草は主に金子堅太郎が担当し、井上毅の意向が強く反映されています。イギリスの貴族院制度を参考にしつつも、伯子男爵の互選制や勅選議員の制度など、日本の実情に合わせた独自の仕組みが構築されました。

本令は勅令という形式をとりながらも、改正には貴族院の議決を必要とするなど、法律に近い性質を有していました。この仕組みは、政府の意向だけで貴族院の構成を変更することを防ぎ、貴族院の独立性を高める要因となりました。

貴族院の議員資格

貴族院議員は主に以下の3つの類型で構成されていました。

  • 皇族議員:成年に達した皇族男子が終身で就任しました。
  • 華族議員:公爵・侯爵は終身議員となり、伯爵・子爵・男爵は各爵位の互選によって選出されました。
  • 勅任議員:天皇の任命により就任する議員で、多額納税者議員や帝国学士院会員議員などが含まれました。

貴族院の任務と権限

貴族院は衆議院と同様に法律や予算の議決権を有していました。また、貴族院独自の任務として、華族の特権に関する事項の決議や、議員の資格・選挙争訟に関する判断を行う権限が与えられていました。特に議長・副議長は議員の中から勅任される形式をとっており、院内選挙で選出される衆議院とは異なる特徴を持っていました。

廃止

1947年(昭和22年)5月3日の日本国憲法施行に伴い、貴族院が廃止されたことに伴い、本令も「内閣官制の廃止等に関する政令」により廃止されました。

よくある質問

貴族院令はなぜ法律ではなく勅令で定められたのですか?
当時の解釈では、貴族院が皇族や華族といった特定の階級を対象としており、一般国民には直接関係がないと考えられたため、勅令形式が採用されました。
貴族院議員の選出方法は衆議院とどう違いましたか?
衆議院議員が公選制であったのに対し、貴族院議員は皇族の当然就任、華族の互選、天皇による勅任という構成をとっていました。
貴族院令の改正に貴族院の議決が必要だったのはなぜですか?
政府が勅令を自由に改正して貴族院の構成を操作することを防ぎ、帝国議会の一院としての独立性を担保するためでした。

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参考文献

  • 磯部四郎『議院法衆議院議員選挙法及貴族院令註釈』阪上半七、1889年。
  • 美濃部達吉『憲法撮要』有斐閣、1932年。
  • 田中嘉彦「帝国議会の貴族院―大日本帝国憲法下の二院制の構造と機能―」『レファレンス』2010年。