日本の元号

弘長:日本の元号(1261-1264年)

日本の元号の一つである「弘長(こうちょう)」に関する歴史、改元の背景、おもな出来事や西暦との対照表を解説する百科事典記事。

📌 主なポイント

  • 弘長は日本の元号の一つで、1261年から1264年までの期間を指す。
  • 当時の天皇は亀山天皇、鎌倉幕府執権は北条長時であった。
  • 元号の由来は中国の書籍『貞観政要』の記述に基づく。
  • 弘長元年(1261年)に日蓮が伊豆の伊東へ流罪となった(伊豆法難)。

弘長(こうちょう)は、日本の元号の一つ。文応の後、文永の前。1261年から1264年までの期間を指し、この時期の天皇は亀山天皇、鎌倉幕府の将軍は宗尊親王、執権は北条長時であった。

改元と由来

文応2年2月20日(ユリウス暦1261年3月22日)、辛酉革命に当たることから改元が行われ、弘長4年2月28日(ユリウス暦1264年3月27日)に文永へと改元された。

元号の出典は、中国の政治書である『貞観政要』の「封建」篇にある「闡二治定之規一、以弘二長世之業一者、万古不易」の記述に拠っている。

弘長期のおもな出来事

  • 1261年5月12日(文応2年4月3日): 日蓮が鎌倉幕府により伊豆の伊東へ流罪となる(伊豆法難)。
  • 1261年11月3日(弘長元年10月10日): 北条重時が死去。
  • 1261年11月22日(弘長元年10月29日): 北条時頼が死去。

西暦との対照表

※は小の月を示す。

弘長元年(辛酉)一月二月三月※四月五月※六月七月八月※九月十月※十一月十二月※
ユリウス暦1261/2/13/34/25/15/316/297/298/289/2610/2611/2412/24
弘長二年(壬戌)一月※二月三月※四月五月※六月七月閏七月※八月九月十月※十一月十二月※
ユリウス暦1262/1/222/203/224/205/206/187/188/179/1510/1511/1412/131263/1/12
弘長三年(癸亥)一月※二月三月※四月五月※六月七月※八月九月十月十一月※十二月
ユリウス暦1263/2/103/114/105/96/87/78/69/410/411/312/31264/1/1
弘長四年(甲子)一月※二月三月※四月※五月六月※七月※八月九月十月十一月※十二月
ユリウス暦1264/1/312/293/304/285/276/267/258/239/2210/2211/2112/20

よくある質問

弘長という元号の期間はいつですか?
1261年から1264年までの期間です。
弘長の元号の由来は何ですか?
中国の政治書『貞観政要』の「封建」篇にある記述に由来しています。
弘長期におきた主な宗教的出来事は何ですか?
1261年に日蓮が鎌倉幕府によって伊豆の伊東へ流罪となった「伊豆法難」がおきました。

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参考文献

  • 日本史籍協会編『日本歴史年表』
  • 『貞観政要』