暦法・干支
庚午(干支)の詳細解説と歴史的背景
干支の一つである「庚午(かのえうま/こうご)」について、陰陽五行における性質、該当する西暦年の計算方法、歴史的な出来事や暦注における特徴を解説します。
📌 主なポイント
- ✓庚午は干支の組み合わせの第7番目である。
- ✓十干の「庚」は陽の金、十二支の「午」は陽の火であり、相剋の関係にある。
- ✓西暦年を60で割って10が余る年が庚午の年となる。
- ✓歴史的には天智天皇9年(670年)の庚午年籍の作成などが知られている。
庚午(かのえうま、こうきんのうま、こうご)は、日本の伝統的な数え方である干支(十干十二支)の組み合わせの第7番目にあたります。前は己巳(きし・つちのとみ)、次は辛未(かのとひつじ・しんび)です。
陰陽五行と性質
陰陽五行説において、十干の「庚(かのえ)」は陽の金、十二支の「午(うま)」は陽の火をあらわします。これらは五行において火が金を剋する「相剋(火剋金)」の関係に位置づけられています。
庚午の年
西暦年を60で割った余りによって庚午年を算定することができます。紀元後の場合、西暦年を60で割って10が余る年が庚午の年となります。直近では1930年および1990年がこれに該当し、未来では2050年が庚午の年となります。
歴史的な出来事
庚午の月と日
西暦年の下1桁が4または9となる年の5月が庚午の月にあたります(旧暦や節月を適用する場合もあります)。また、日単位の暦注においては、庚午の日は大土の1日目とされ、暦注下段では神吉日や大明日などに該当します。
地名への由来
広島県広島市西区に存在する「庚午(こうご)」という地名は、同地区が開発された明治3年(1870年)の干支である庚午に由来して名付けられたものです。
よくある質問
庚午の読み方は何ですか?
「かのえうま」または音読みで「こうご」「こうきんのうま」と読みます。
庚午の年は西暦でどのように算出しますか?
紀元後の場合、西暦年を60で割ったときに10の余りが出る年が庚午の年となります。
広島市の地名「庚午」の由来は何ですか?
その地区が開発された明治3年(1870年)の干支である庚午にちなんで名付けられました。
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参考文献
ウィキペディア日本語版「庚午」の項目および関連する暦法・歴史文献。