河川
国府川 (新潟県佐渡市)

新潟県佐渡市を流れる二級河川、国府川の地理、歴史、治水事業について解説します。佐渡島の中央部を流れ、農業を支える重要な水系です。
📌 主なポイント
- ✓新潟県佐渡市を流れる二級河川である。
- ✓流路延長は19km、流域面積は175.6平方キロメートル。
- ✓江戸時代から度重なる水害に対し、河道の直線化や堤防整備などの治水工事が行われてきた。
- ✓新穂ダムや大野川ダムなど、複数のダムが流域の治水・利水のために建設されている。
国府川(こくふがわ)は、新潟県佐渡市を流れる二級河川である。佐渡島の中央部に広がる国仲平野を流れ、真野湾へと注ぐ。流域は古くから稲作を中心とした農業が盛んな地域であり、島内最長の河川として地域の生活や産業を支えてきた。

地理
国府川は、佐渡市上新穂にある国見山の南側に源を発する。山間部から国仲平野へと流れ下り、平野部を西へ向かって進んだ後、佐渡市四日町と佐渡市八幡の境界付近で真野湾に注ぐ。流域面積は175.6平方キロメートル、流路延長は19キロメートルである。

歴史と治水
国府川流域は江戸時代から度重なる水害に悩まされてきた歴史があり、長年にわたり治水工事が繰り返されてきた。1627年(寛永4年)には、砂丘部を掘削して流路を直線化し、真野湾へ直接流入させる工事が行われた。その後も1778年(天明8年)に佐渡奉行所が河口部の防潮工事や河道拡幅、蛇行部のショートカットといった大規模な改修を実施している。
明治時代に入ると、1897年(明治30年)の大きな水害を契機として、1898年(明治31年)に「国府川治水会」が結成された。翌1899年(明治32年)には「国府川尻疎鑿組合」が設立され、後の「真野村外3ケ村国府川水害予防組合」へと発展するなど、地域住民による組織的な治水活動が展開された。
昭和時代以降は、ダム建設による治水が進められた。1958年(昭和33年)の新穂ダム完成を皮切りに、小倉川ダム、竹田川ダム(1966年)、新保川ダム(1973年)、大野川ダム(1978年)などが順次整備されている。

主な支流
- 天神股川
- 行谷川
- 地寺院川
- 大野川
- 新保川
- 中津川
- 小倉川
- 藤津川
- 竹田川
よくある質問
国府川の読み方は?
一般的には「こくふがわ」と読みます。別称として「こくぶかわ」や「こうのかわ」と呼ばれることもあります。
国府川はどこに注ぎますか?
佐渡島西側の真野湾に注いでいます。
国府川流域の主な産業は何ですか?
国仲平野を中心とした稲作などの農業が古くから盛んです。
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参考文献
- 新潟県土木部河川管理課「二級河川一覧」
- 新潟県土木部河川管理課「国府川水系河川整備計画」
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 15 新潟県』角川書店、1989年。
- 日外アソシエイツ『河川大事典』。
- 内田和子『近代日本の水害地域社会史』古今書院、1994年。
- 農林水産省北陸農政局「佐渡国・水と農のれきし街道」