国立銀行条例の歴史と役割

📌 主なポイント
- ✓1872年(明治5年)に最初の国立銀行条例が制定された。
- ✓1876年(明治9年)の改正により、金禄公債を資本とした国立銀行の設立が促進された。
- ✓1882年の日本銀行設立後、国立銀行は段階的に発券機能を停止し、普通銀行へと転換した。
国立銀行条例は、明治初期の日本において銀行制度の基礎を築いた一連の太政官布告です。1872年(明治5年)に制定された最初の条例と、1876年(明治9年)の全部改正を経て、日本の近代的な金融システムの形成に大きな影響を与えました。
制定の背景
1870年、大蔵少輔であった伊藤博文はアメリカ合衆国を視察し、同国の銀行制度を参考に国立銀行の設立を構想しました。当時、日本国内では戊辰戦争等の影響で発行された政府紙幣が流通しており、これを整理し、民間銀行に国債を担保として銀行券を発行させる仕組みが求められていました。1872年(明治5年)11月15日、アメリカの国法銀行法を範として「国立銀行条例」(明治5年太政官布告第349号)が制定されました。

明治9年の全部改正と国立銀行の普及
1876年(明治9年)、政府は国立銀行条例を全面的に改正しました(明治9年太政官布告第106号)。この改正により、国立銀行の設立が大幅に促進されました。主な変更点は、兌換義務の廃止と、華族や士族に交付された金禄公債を銀行資本として活用することを認めた点です。これにより、全国各地に国立銀行が設立され、1879年(明治12年)の制限までに計153行が誕生しました。しかし、不換紙幣の発行が容易になったことでインフレーションを招く要因ともなりました。
日本銀行の設立と制度の終焉
1882年(明治15年)に日本銀行が設立され、中央銀行制度が確立されると、国立銀行の役割は縮小に向かいました。1883年(明治16年)の改正により、国立銀行は営業期間終了後の紙幣発行が禁止され、段階的に紙幣の回収と償却が進められました。その後、1884年の兌換銀行券条例の導入を経て、日本銀行が唯一の発券銀行となりました。国立銀行条例自体は、長らく存続していましたが、最終的に1954年(昭和29年)に「大蔵省関係法令の整理に関する法律」によって正式に廃止されました。
よくある質問
国立銀行条例とは何ですか?
なぜ国立銀行が全国に増えたのですか?
国立銀行はいつまで存在しましたか?
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参考文献
- 日本銀行「日本銀行百年史」
- 国立公文書館「国立銀行条例伺」