日本の貨幣史
国立銀行紙幣の歴史と概要

明治初期に発行された国立銀行紙幣の歴史、兌換紙幣から不換紙幣への変遷、およびその特徴について解説します。
📌 主なポイント
- ✓1872年の国立銀行条例に基づき、明治初期に発行された。
- ✓当初は金貨との交換が保証された兌換紙幣であったが、後に不換紙幣へ移行した。
- ✓兌換紙幣はアメリカの印刷会社に製造を委託したため「アメリカ札」とも呼ばれる。
- ✓券面に発行元銀行の頭取・支配人の氏名が記載されているのが特徴である。
国立銀行紙幣は、明治時代初期に国立銀行条例に基づき発行された紙幣です。当初は金本位制の確立を目指した兌換紙幣として発行されましたが、後に不換紙幣へと移行しました。
歴史的背景
明治維新直後の日本政府は、太政官札や明治通宝などの政府紙幣を発行していましたが、これらは金銀との交換が保証されない不換紙幣でした。国際的な金本位制の流れを受け、明治政府は民間資本による発券銀行の設立を促すため、1872年(明治5年)に国立銀行条例を制定しました。これにより設立された国立銀行から、1873年(明治6年)より兌換紙幣としての国立銀行紙幣が発行されました。
しかし、金貨不足による発行額の制約から銀行経営が困難となり、1876年(明治9年)の条例改正によって不換紙幣の発行が認められることとなりました。その後、西南戦争の戦費調達などで紙幣発行額が急増し、インフレーションが発生したため、大隈重信や松方正義による財政整理が行われることとなりました。
兌換紙幣と不換紙幣の特徴
兌換紙幣はアメリカのコンチネンタル・バンクノート・カンパニーに製造を委託したため、「アメリカ札」とも呼ばれます。日本神話や歴史画を題材としたデザインが特徴ですが、日本の文化に不慣れな彫刻者による製作のため、図案に不自然な点も見受けられます。一方、後に発行された不換紙幣は、大蔵省紙幣局(現・国立印刷局)で製造され、エドアルド・キヨッソーネが彫刻を手掛けるなど、国内での近代的な紙幣製造の先駆けとなりました。
券面の特徴
国立銀行紙幣の大きな特徴として、発行元である各国立銀行の頭取や支配人の氏名が券面に記載されている点が挙げられます。これは日本国内で発行された紙幣としては極めて珍しい例です。また、兌換紙幣には大蔵省記番号と国立銀行記番号の2種類が印刷されていました。
よくある質問
国立銀行紙幣はなぜ「アメリカ札」と呼ばれるのですか?
兌換紙幣の製造をアメリカのコンチネンタル・バンクノート・カンパニーに外注していたため、そのように呼ばれています。
国立銀行紙幣にはどのような人物が描かれていますか?
素戔嗚尊や神功皇后、新田義貞など、日本神話や歴史上の人物が題材として採用されています。
国立銀行紙幣の製造はどこで行われましたか?
兌換紙幣はアメリカのコンチネンタル・バンクノート・カンパニーで製造されましたが、不換紙幣は日本国内の大蔵省紙幣局で製造されました。
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参考文献
- 植村峻『紙幣肖像の歴史』東京美術、1989年。
- 日本銀行調査局『図録日本の貨幣 7 近代貨幣の成立』東洋経済新報社、1973年。
- 大蔵省印刷局『日本のお金 近代通貨ハンドブック』大蔵省印刷局、1994年。